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もう一組の侵入者

「あー……」
施設から上がった噴煙にアランは空を仰ぎ、頭を抱えた。
予定していなかった爆発が起こったのは、中庭に蔓延っていた警備ロボットを粗方排除し終わり、漸く一服、と廃材に腰掛けて煙草に火をつけたその時だ。
「援護に行きます?」
自分と同じく煙草に火をつけたハクトがそう言って紫煙を吐き出す。視線の先には大きく開けたメインフロアへの入場ゲート。錆びついているが、分厚く、軽く数トンはあるだろう鋼鉄製のドアの先には、数百年の年月を感じさせない真っ白なフロアが広がっている。そのさらに奥から断続的に爆発音が聞こえてくるが、奥に入った三人からの緊急信号はまだない。
「や、まあ大丈夫だろ。リッヒーいるし。退路だけ確保しておこうか」
よっこいしょと立ち上がり、ここまで来るのに使ったジープを取りに戻る為、踵を返す。だがその時、ざあっと視界が陰り、表情を変えてアランは空を見上げた。
「……あれは」
「……船体に見覚えが有りますね。あれは見つかると厄介だな」
空をゆっくりと横切る巨大な船影。三年前自分たちが破壊した覚えのある機体。薄曇りの空の中で、その巨大な機体はまるで海の中を悠々と泳ぐ魚の様である。
「コマドリの『鯨』か」
「残存機体は確か八隻でしたか」
「十のうち二はレンツがぶっ壊したからな」
副官の暴走を思い出し、アランは思わず煙草を噛みしめる。無駄な殺しはしない。そんな甘い事を頭の隅で考えていた自分への当てつけか、それとも単なる腹いせか。三年ほど前、当時ナイツの隊長だったアランの副官だった壮年の男、レンツ=カーライルは容赦なく数十、数百の人間が乗ったコマドリの飛空ドーム「鯨」を撃ち落とした。
その結果コマドリの主戦力だけでなく、民間人をも容赦なく殺戮したnoirは、名称を「スルト」に変えたとしてもコマドリの大きな怒りを買っている事は変わらない。「任務でした」「そうですか」で済む話ではないのだ。
(しかし、何故こんなところに)
彼らの主な行動範囲はトスカネルから隣国のミンディアにかけてだ。スルトが根城にしているニヴルヘイムへたどり着く為には山を幾つも越えなければならない。鯨は彼らの移住施設でもある。だが引っ越しであるのなら全隻で移動してもおかしくはなく、今アランたちの目の前に見えるのは、ただ一隻だ。
「おや」
不意に視線で何かが動き、ハクトが眉を顰めた。
「エンケ二機、降りてきましたね」
「偵察か?」
幸い二機ともアラン達の方に進路を切ることなく、真っ直ぐとネルを目指して下降していく。あえて刺激する事は無いと、アランは視線を機体から離さずに、胸ポケットの携帯灰皿に煙草を突っ込んだ。
「あれ、あれは」
「どうした」
携帯スコープを手に機体を見上げていたハクトが再度いぶかしげな声を上げる。アランが聞き返せば、ハクトはいやあ見間違いかもしれないんですけどね、と前置きしゆっくりと降りてくる二機のエンケの片方を指さした。
「あの手前側の搭乗者、見覚えがありません?」
スコープを受け取り豆粒ほどの機体を見遣れば、ネルの裏手に降りていくエンケの搭乗者が見えた。
凛々しいと表現していい、涼しげな目元をした青年だ。見るからに質のよさそうな服を着込み、真剣な表情で手元に持った機器を見つめている。
「おいおいおいおい……」
ハクトの言わんとした事を理解し、アランは呆れた声を発する。
その横顔は今や誰もが知っている有名人のもので、アランはスコープを降ろしハクトと目を見合わせた。
「なんでこんな所にきたんだか」

 
粉塵を切り裂くようにして現れた巨大な影を間一髪でかわし、ついた足で地面を蹴り空中から一気にその機体の真上へと落下する。獅子を模した四足歩行のガーディアンの核は、往々にして首の付け根部分にあった。その場所に双剣の先端をたたき込んだリヒトは、案の定動きを止めたガーディアンの上に立つと、気を抜くことなく粉塵の先へ視線を向けた。
次も来る。
その予感を裏切ることなく、いくつもの可動音がひしゃげたゲートの先から聞こえてきた。
「フィリア、玉は待避!」
「ええっ、どうしてよっ!」
リヒトの発した声にフィリアが異議を唱える。
「俺がここでくい止めてるから、その間にデータ回収しろ」
「やだ、つまんない。私も戦う!」
「フィリア、データもって帰らないと、こんなめんどい事やってる意味ないでしょ」
玉響が苦笑してフィリアの腕を引く。
「……しょうがないわね」
「じゃあリヒト、先いく。気を付けて」
「誰にいってんだ、誰に」
しぶしぶといった体で身を翻すフィリアと、腕をひく玉響に笑って返答し、リヒトは再度ガーディアンに向き直った。ニブルヘイム政府からこんな危険な依頼を受けているのは、偏にその結果得られるデータが貴重だからだ。愛好家やその手の研究者に売れば大きな利益になる。慈善事業をやっている訳ではない。
(俺の目的にも近づく)
『リッヒー、平気かい』
「平気平気、こんくらい」
アランから入った通信に答えながら、再度ゲートへ視線をやれば、騒々しい機械音を立てて十数機のガーディアンが姿を現す所だった。
「・・・・・・たぶん」
うんざりとしてそう付け加えると、アランの笑うような息遣いが聞こえた。
『そっちに・・・・・・が、向かってるから・・・・・・て』
「え、なんだって?」
つっこんできた新たな敵をかわし、玉響と未練たらたらなフィリアがフロアを迂回して元きた道を戻るのを確認する。幸い敵の注意はこちらに引き付けることに成功した様で、二人の攻撃を向けるものはいない。だがそれらに気を取られてる間にアランの言葉に注意を割けなかった。あわてて再度聞き返せば、通信はあっさり切られた後だ。
微かに聞こえた「気を付けて」の言葉に眉を寄せ、頬を伝う違和感に袖口でその感触を拭った。鮮やかに色づく紅の色。破片で切ったのか、頬が切れたらしい。
――以前はこんな傷すぐ治ったものだけど。
驚異的な回復力の代わりに得たのはかつて失った記憶と、自分の身を生かす術。
もうもうと上がる粉塵に目を細め、リヒトは大気中のマナを体中に循環させる為深く息を吸い、姿勢を低く落とした。世界に満ち満ちたマナはもはや自分たちヘレシー(能力者)だけの物ではない。解放されたマナは人々の生活に根付き、新たな動力源として活用されている。その力の使い方が少しばかり上手い者たちがヘレシーと今でも呼ばれてはいるが、数年前のような差別の対象ではなくなってきている。
「いけるか、後十数機」
自然と浮かぶ笑みを押し殺すことなく、頬に掛かった黒い髪をサイドに払う。
隠し切れない高揚感。
(自信は――ある)
指先まで満ちる力をふたふりの剣に行き渡らせ、リヒトは眼下に迫る幾体もの獣たちを見下ろし、全てをなぎ倒す為に足を踏み出した。

 

 
「第七フロアデータ回収完了よ!」
「おっけー、こっちも終わった」
ガーディアンを蹴り倒しながらフィリアが通路に姿を現す。ほぼ同時に反対側の部屋から玉響が合流し、その腕に構えた銃で前方から現れた浮遊型のガーディアンを撃ち落とし、コアを踏み砕く。
「あとは一階か」
来るときに下りてきた階段はマナ供給システムがショートしたのか、来たときとは違って酷く薄暗い。それでも階段の先で地上の明かりが白く見え、玉響はほっと息をついた。遺跡に残されていた手のひら大のデータボックスをバックパックに押し込みながら階段を上がりだすと、外の白い光を背に、二つの人影が見えた。
アランとハクト――ではない。先ほど別の侵入者の存在についてアランから通信があった。三年程前にナイツ黒が襲撃したコマドリの生き残りだという。戦闘を避けろという話だったが、その侵入者か。
警戒を強める二人の視線の先で、姿を見せた二人組もこちらに気づき足を止める。
フィリアたちの背後から響くのはリヒトの戦闘音。
「――遺跡荒らしか」
暗がりから姿を見せた二人組の一人がそう呟く。男だ。落ち着きのある低い声はどこか独特の余韻があり耳に残る。男の言葉にぴくりと眉をあげたフィリアが違うし、と小さく悪態をついた。
「まあまあ」と言いながら玉響は戦闘をする気がないことを両手をあげて示せば、少しの躊躇を見せたのち、二人組は足を進めてきた。
男二人。
現れた青年はカラスの濡れ羽色と表現できる艶やかな黒髪と、深く黒い瞳をしていた。玉響と外見的特徴が非常に良く似ているが、纏う雰囲気は対照的だ。明るくお調子物の玉響と、静かで凛とした空気をまとう青年が相対する様を見て、フィリアは兄弟の様だと思った。
「遺跡荒らしじゃないぞ。こいつら黒のやつらだ」
もう一方の茶髪の青年が黒髪の青年の肩を叩き、舌打ちする。その動作から黒への負の感情が伺いしれた。
黒髪の青年は仕立てのよさそうなコートを着込み、もう一方の茶髪の青年はコマドリ独特の、体のラインに沿った隊服。その隊服からは、その各所に仕込まれた武器が見え隠れする。刺激しては面倒なことになると、玉響は敵対心がない事をなおさらアピールするように両手を広げて見せた。二丁の銃は持ったままだが。
「今君たちと争う気はないよ。仕事じゃないからさ」
玉響の言葉に無言でこちらを見遣った黒髪の青年は、一言「用がある」と答え、再度足を前に進めようとする。
「この先は危ない。戦闘中だ」
玉響はその動作を止めるように、声を重ねる。
自分の記憶に間違いがなければ、黒髪の青年は破天荒な行動で知られているトスカネル随一の有名人だ。
ディーヴァを殺す力を持つものとして、かつての教会に育成された審判者。
「シン=エドナー。怪我をするよ」
「……」
玉響の言葉にちらりと青年は視線をこちらに向けると、その薄い口元に挑発的な笑みを浮かべ、こちらの忠告を無視して奥のフロアに足を進める。その後ろに、明らかな敵意をむき出しにした茶髪の青年が続く。
「……何、あいつら」
フィリアの悪態。
「――リヒト、聞こえる?」
『……どう、した……っ?』
目下戦闘中なのだろう、途切れ途切れの返答がインカムから流れ込んでくる。
「データの回収はほぼ終わった。外にでよう。厄介なのがそっちにいった」
玉響の言葉に、数旬の沈黙が帰ってくる。
『…………了解といいたいところだけど』

リヒトの声に滲むのは逡巡。

そして――

ドン!

「何!?」
「――っ!?」

唐突な爆発音とともに、爆風が玉響とフィリアを襲った。
 

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