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エルヴィドネル攻略戦 

空高くそびえる木々の枝はから覗く灰色の空を見上げ、リヒト=リューグナーは、はやる気持ちを抑え込むように息を殺した。口から漏れた息は白く、昨晩降った雪が足元をわずかに覆っている。
ネルの壁面は数百年の時を経て朽ち、皇室で無機質な色の何で作られているかわからない素材をむき出しにしている。その壁面に身を潜ませ、じっと突入の機会を伺う。
「――あたしも行くって言ったのに」
ぼそりと隣から聞こえてきた声を意識的に無視し、リヒトは背中に装備した県の具合を確かめる。刃のないふたふりの剣。三年間使い込んできたそれは、リヒトの手に馴染んで心強い。
「あたしも行くって……言ったのに」
「………………」
壁に背中を預け、視線の先に広がる灰の空と荒野を眺める。ネルから発掘された旧時代の技術のおかげで、街や交通網は目覚ましく発展したが、これほど郊外ともなるとまだ昔のような赤茶けた荒野が広がっている。
過去と変わったのは、その荒野を徘徊する存在に、野犬、野盗、孤児に加え、旧時代に稼働していた機械たちが加わったことだろうか。主人を失っている事に気づかない機械たちが、三年前起きたマナの解放でエネルギーを得た。使命は数百年も前にプログラムされた内容のままで、いわば野良となったアンドロイドたちが、場合によっては近隣の住民に被害を及ぼす。
自分たちはその野良を狩るため、国に、町に雇われている。
「――あたしも」
「フィリア」
呪うように呟く少女に負け、傍らで自分と同じく壁に寄り掛かる少女へと視線をやれば、桃色の髪の彼女が恨みがましそうな瞳で自分を見上げていた。
「その話は後で」
「――ひどいわ」
ぎりぎりと歯噛みしながら、フィリアがスカートの端を腰の高い位置で結び、ブーツの踵を静かにならした。彼女が意識を切り替えた合図だ。細い脚のほぼ全面を鉛を仕込んだブーツが覆っている。つま先、かかと、足の甲、ひざ裏、そして足のすねに仕込まれた鉛たちが、決して穏便ではない音を立てた。
この場所に待機してから十分。そろそろアランから連絡が来るだろうかと、リヒトが耳の裏につけた通信機に意識を向ければ、ブッと通信がオンになる音と共に、低く潜めた彼の声が聞こえてきた。
『反応三十五。そのうち屋外にいるのが十二だ。俺とハクトは屋外を引き受ける。お前はフィリアと玉響と共に中へ行け』
「りょーかい」
『あー何つーかな……――色々きになる事もあるだろうが、まずはこっちに集中しろよ』
「……了解」
アランの言葉に僅かに口元を歪め、リヒトも意識を切り替える。
(見透かされてんな……)
昼間のトスカネル王暗殺のニュースが気になって仕方がない。隠しているつもりだったが、アランにはお見通しらしい。だが、このネルは上の空で攻略できるほど、簡単なネルでもなかった。
「リーダー、設置完了したよ」
殆ど足音をさせず、もう一人黒づくめの人影が現れる。
「さんきゅ。じゃテンカウントで行こうか。ハクトに位置は送った? 」
「そこらへんは抜かりなく」
黒い瞳を細め、玉響が笑う。黒髪に黒い瞳。その姿に懐かしい物を感じ、一瞬返答が遅れる。すると彼は「ん?どうしたリーダー」と笑う。「俺に見とれちゃった? 」というふざけた言葉を滑らかに無視し、リヒトは侵入経路に視線を向けた。腰の剣に手をかける。
「さっさと終わらせて、ニュースの続報がみたいなあって。テン」
「ああいうニュース気にするよね、リーダー。柄じゃない感じがするのに。シックス」
「失礼な。俺だってああいうニュースの一つや二つや三つ。フォー」
「カウントあってるところに驚愕だわ、のツー」
「さっさと終わらせて帰りましょ。ワン」

『ゼロ! 』

次の瞬間、ドンとという音と共に、ネルのシェルターが吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『え、ちょ、派手すぎじゃね? 』
瞬く間に自立駆動型のガーディアンをけり倒してくフィリアの姿を横目に、リヒトも二本の剣に力を込め、目の前に現れた飛行系探査メカを薙ぎ払う。
このネルはマナの溜り場の様で、酷く楽に力の調達と解放が行える。
『俺たちが穏便にやった意味なくね? え、リヒト君何してくれちゃってるの』
インカムから聞こえるのはアランの嘆き声だ。
「ごめんって! 」
ほっ、と息を吐きながら、フィリアがちぎり飛ばしたメカの腕を、すんでの所で避け、その腕が周囲のマナを集めて自己回復しようとした所に剣を突きさし、とどめを刺す。
自己回復型は厄介だ。腕や胴体の各所にある核となっている器官を破壊しないと、何度でも修復してしまう。
「タマ! フィリア! ここ任せるぞ」
「はいよリーダー」
「ああもう、わかったわよ!」
玉響がこちらを振り返らずに片手をあげて返事する。その手に持っているのは彼特製の銃だ。彼好みに調合した火薬を装弾し、臨機応変に応戦している姿を視界に止め、特に問題は無い事を確認し、リヒトは奥のフロアに向かう。
一階はアランとハクトの事前調査で、玉響が爆破したエントランスフロアと、奥に広がるメインフロア、そしてメインフロアから伸びた通路の先に大小さまざまな研究室が連なっている事が判明している。
だがその調査では、施設全体に動力を供給しているエネルギールームの特定にまでは至れなかった。だが――
(階下だ。地脈を考慮して作られているのなら、恐らく南東)
いつ作られたのかも解らないバリケードを飛び越えて、白い塗装の眩しい通路に降り立つ。数百年前の施設のはずだが、三年前のマナの解放と共に清掃ロボでも可動したのか、どこもかしこも酷く綺麗だ。
「うう……目がチカチカする」
眩しさに眉を寄せながらリヒトは検討を付けていた一室を見つけ、ドア横に背を張りつかせる。気配はない。だが。
(低い体温)
念の為腕に備え付けた小さなサーモメータに視線をやれば、背後の部屋の中に複数、薄いオレンジの光点が散って見えた。
睡眠時よりもさらに低い。だが、死んでいる訳ではない何者かの体温が室内にある。
(侵入者? ――いや……)
おそらくは。
一つの嫌な仮定が思い当たり、リヒトは僅かに眉を寄せ、意を決して背後のドアをけり破った。
(――同じだ)
思わず舌打ちが漏れる。
リヒトの体温を感知して、部屋の照明が付き、複数の温度の正体が光の元に晒された。
「っ、――やだ、またなの? 」
背後からフィリアが部屋を覗き込み、顰めた声を漏らした。
「……生存者の確認を先にする。フィリアは左から。タマ、維持装置あるだけ持ってきて」
『――了解。……いつもの?』
インカムで玉響に指示をだし、返ってきた質問に「ああ」とだけ短く答える。
視界の先に広がる広大な地下フロア。そのだだっ広いフロアは幾つかの区画に区分されているらしく、整然と何かの機械が設置されている。
その中央部にある巨大な集合装置が、恐らくこの基地の動力供給装置なのだろう。その装置に向かうようにさまざまな太さのコードが各区画の装置から長々と伸びている。
あの動力装置を壊せば、この装置から動力の供給を受ける全ての装置は動作を停止する。周辺住民に被害を及ぼす野良達の暴走も止めることができる。
だが――
『リヒト、こっちは見た。全部だめだ。腐ってる』
「……わかった。フィリアの方はどうだ?」
『うっぷ……、今のところダメ』
「……わかった」
二人からの通信に答えながら目の前の区画の装置に近づき、その中に据えられた円筒形の箱を確認する。表面に触れれば丁度顔にあたる部分が透けて、筒の中を映し出した。
「……」
その先に見えた光景からリヒトは目を逸らし、次の装置に足を運ぶ。
(すでに腐ったものを、保温しているだけかもしれない)
確認するだけ無駄。
そんな考えが脳裏に浮かび、頭を振ってその考えを散らす。
数百年前に迎えた滅びの瞬間に、人々は次の世界への望みを繋ぎ、自ら棺桶の中に身を沈めたのだという。いつか、また目覚める為に。
そして三年前、ある出来事が引き金となり、過去の遺跡群が可動を始めた。その結果、稼働状態のままの遺物を手に入れる機会が以前に比べ格段に増え、この世界の遺跡研究は驚異的なスピードで発展を遂げた。
可動しだした遺跡群から発見されたのは、数百年もの昔に、確かに生きていた人々の生活の痕跡。書き残したメモ等の類、そして、その人々自身。
「全チェック終わったわ。ゼロよ」
「解った。俺の方もダメだ」
「ここも全滅か。やりきれないねえ」
玉響がそう言い方を竦める。
スルトが請け負う仕事は、基本荒っぽい事が大半を占める。その中でも、最近は遺跡の可動を止める依頼が多く、こういった物を見る機会が格段と増えた。何度もみた、だがそう簡単に慣れるものでもない。
「……可動を止める。施設の保持装置が可動するかもしれない。退路の確保を頼む」
「もうばっちりよ。さっさとやっちゃって頂戴」
フロア中央に聳え立つ動力供給装置に歩み寄れば、見慣れたコントロールパネルが青い明滅を繰り返している。リヒトの言葉にふふん、と言うようにフィリアが胸を張って、リヒトの手元を覗き込んくる。
「フィリア邪魔。顔ひっこめて」
「やん」
その頭を押しのけ、パネルに指先を滑らせる。人命を管理するだけあって、かなり深いロックがかかっている。
(一つ目、二つ目……)
遠い記憶をたどり慎重にそれを解除していく。
「……いつも思うんだけど、なんでリヒトはこんなの触れるのかしら」
「本人は勘って言うけどねえ」
「解るんじゃないよ、知ってるだけ」
そう答えながら、リヒトは不意に指を止め「あっちゃー」と頭をかいた。
「何よ、どうしたの」
「んんん」
唸ってパネルから離れると、リヒトは先ほど入ってきたフロアの入り口に視線を向け、腰の双剣に手をかける。低い振動と共に、施設の動力がゆっくりと落ちる音がした。
「成功したんじゃ……」
「一つ失敗した」
ぎょっとフィリアと玉響が顔を見合わせると同時に、激しい爆発音が辺りに響いた。

 

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