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コマドリ

高度2300フィート。それが今カインがいる場所だ。
昨夜あのままリズの誘いに乗り、町を離れた。得体の知れない彼らを怪しまなかったわけではもちろんない。だが、シンを追って来ているのは紛れもなく勢力を持った「教会」で、あの力を晒し、教会の人間を文字通り「消した」今、カイン一人で行動していては教会の詮索は逃れられない。つかまるのは時間の問題だと思った。
得体の知れないリズたちの集団と、普段から心象悪く、クレアを殺した教会の者たちとでは、まだリズたちの方に付いていった方がいい。
同じように得体の知れない能力をもったシンという少年もリズたちに付いて行くことに決めたらしい。それらを総合して考えた末、カインは彼らと行動を共にすることにした。
(きっと断っても結果は同じだ)
誘いを断っていたとしても、きっと無理矢理連行されていただろう。リズと名乗った女性の口調は柔らかいものだったが、有無を言わせぬ静かな迫力があった。否と言ったならば、その場で部下らしき男達に拘束されていたのだろう。
何が起きているのか自分でもよく分かっていないが、この力が驚異的なものであることだけはカインにも分かっていた。
とんでもない事に首を突っ込んでしまったと言うことも、そしてそれが今でなくとも、遅かれ早かれ自分に訪れた事かも知れないという、――予感も。
雨上がりの湿った空気の中、大穴が開いたシャッターの突き出た亀裂に「closed」の看板を引っ掛け闇にまぎれて町を出た。昼にも通った裏門から荒野にでて、止めてあったジープに乗り込み黒々とそびえた廃虚ビルの裏手に回る。そこでカインがみたものは闇に溶け込みそうな赤をした小型のエアシップだった。小型といっても数十人単位で乗ることができる住居をかねたものだ。
エアシップは珍しい。
めぼしい旧時代の遺跡を発掘するには、かなりの用意が必要になる山岳地帯へと乗り出さなければいけない上に、最近では幾つかの遺跡では教会が発掘に関しても通行パスを要求してくるようになってしまった。一般人には高過ぎるほどの通行料。教会の手が着いていない遺跡で、万一エアシップを発見したとしても、搬出作業などには多大な人力と人件費が必要となる。
そんな理由で、資金力のある教会などが、発掘したエアシップを根こそぎ確保してしまっている状態である。その為一般人がシップに触れたり、乗ることが出来るほぼ無いと言っていい。
――過去の英知の結晶。
赤い機体には、すでに滅びた文字が書き込まれ、何の用途だか分からないランプがちかちかと瞬いていた。そして経年の錆と、リズ達が手を加えたのだろう鉄板の修理後。それらが合わさって何とも不思議な雰囲気を醸し出していた。
こんな機体が昔は空を縦横無尽に飛び回っていた。今のような、闇に沈む空の中ではなく、色とりどりのネオンと、ハイウェイの明かりの中で。
月明かりに鈍く光る機体は、すでに崩れ、コンクリートの塊となったハイウェイを背に鈍く光っている。そのシルエットに、普段前向きすぎるといわれるカインでさえ沈んでいた気分が少し上昇し、「こんなときに……」とカインは自嘲した。

 

「しかし酷い格好ね」
医務室だと案内した部屋に入りカインとシンが備え付けられたイスに腰を下ろすなりリズはそうのたまった。
「良くそんな格好で今までいたわねー。さっさと着替えれば良いのに」
「……」
あっけらかんと言う彼女にカインはあきれて口をつぐむ。ちらりとシンを見やると、シンもなんと答えて良いか分からないという表情をしていた。
そもそもこんな長時間、血にまみれた服など着たままで居ざるを得なかったのは、彼女のせいである。
時は半日さかのぼる。
エアシップに乗り込むとすぐにカインとシンは小さな部屋に通された。そして「ここでちょっと待ってて」と、しっかり過ぎるほどしっかりとドアに鍵を掛けてリズがでて行ってから数時間何の音沙汰もなし。
時刻は深夜のはずで本来なら眠気が襲ってきて然るべきだが、緊張のためか妙に意識は覚めていた。それはシンも同じようで、そのままお互い話すタイミングも掴めないまま、備え付けられたソファーにもたれじりじりと時間を潰した。
結局リズが姿を見せたのは、数時間経った後で、船内を案内するからと、彼女が重たいドアをあけはなった途端、その後ろから朝の日の光が差し込み、結局一睡もせずに夜が明けたことに気づいた。
外の、それもかなりの高度の冷たい空気にシンとカインの間で澱んでいた空気は一時的でもどこかへ押しやられ、喉の奥がつんと冷えた。
「さて、まずは君の傷。出血は相当なもんだけど、…ま、傷は塞がってるみたいね」
もう服降ろして良いわよと言う。
「塞がってるみたいって、そんなあっけらかんと。……驚かないのか?」
「まあね。良く有りはしないけど、無いことでもないわ」
そう言うリズの言葉にカインはふうん、と釈然としないまま頷いて、弾痕を一瞥するとまくり上げていた服を直す。
昨夜打たれた腹部の弾痕はもう既にふさがっていて、僅かな痕を残すだけ。そんな傷痕を確認したリズに驚く様子は見られない。
「ほら腕だして」
そんなカインに見て見ぬふりしているのか、酷く爛れたカインの左腕をひょいっとリズは掴み取る。
「……っぐ!」
その途端、延ばされた腕が引き攣れる痛みにカインは喉まででかかった悲鳴をかみ殺し背中を丸めた。そのまま痛みが引くのを待つ。
「え、あ、ごめんごめん!痛かった?」
相当の痛みを堪えたのだろう表情に、リズは驚き、ゆっくりと手を戻す。
「……こっちは治癒してないのね……。君、平気そうな顔してるからついつい。悪かったわ。それにしても――傷に何か違いがあるのかしら」
「……っは……だって、顔に出すのかっこ悪いし……。……違い?」
漸く引いた痛みに、カインは息をつき苦笑する。
「お腹の傷と、腕のやけどの傷」
「……つけられた傷と、自分でつけた傷……じゃないか」
不意にそうシンが口にして、ああ、とリズは手を打つ。
「確かに。んー、あたしの推測だけど、貴方の『力』は腕を起点として発現したでしょ?正確には腕ではなくて銃を握った右手を中心に、その周囲が文字通り『変容』した。形は、鳥の羽みたいだったけど、それはあまり関係ないわね。物質変化能力を持っているのなら、きっとどんな形にでも変化させられるわ。――で、その部分は火傷を負っていて、それに対して打たれた傷はもう治癒している」
「……う、うん」
物質変化?とカインの頭の上にハテナが飛ぶ。
「力が発現した周囲は何かの反応が起きていて、その熱反応のせいで体にまで力が及んじゃったのね。力のコントロールが出来なかったせいかしら。つまり」
腕の焼けどは自爆ね。
そうさらりといって、隣に置いてあった引き出しから軟膏を取り出し、びっとカインの腕にひっぱった。
「――――っ!」
「我慢我慢。かっこ悪いわよー」
目をむいて悶絶するカインの腕に、そういいながら薬をぬり付ける。シンがその鬼っぷりに無言で青ざめた。
「あとは、元々治癒力にも秀でたもんがあるんじゃない?でもお腹の傷は直せても、自分で傷つけた部位は治せなかったと考えるのが妥当ね」
「……い、痛い」
「……」
ふんふん、と鼻歌を歌いながら軟膏を塗りたくったリズを、背中を丸めたカインが上目遣いで見上げてくる。
「……ん?」
「……悪化している様なんだが」
「……」
シンの言葉にリズが「ん?」と指を離せば、紅く爛れていた二の腕はさらに赤みを増しているようだ。
「……っ」
カインの瞳にうっと涙が浮かぶ。
その訴えるような、にらみ付ける様な表情に、笑顔のまま固まったリズは、しょうがないわねえ、と自分のした事を棚に上げつぶやき、「分かったわよ」と軟膏をテーブルに置いた。そしてその腕に手のひらをかざす。
その瞬間、カインの肌に焼け付くような熱が走った。
「なっ?!」
「はいはい、動かないで~」
ぞわりと背筋があわ立つ感覚と、リズの手の平から確かな熱を感じ、驚きに肩を跳ね上げる。宥める様に「大丈夫だから落ち着いて」と言いながら、リズは撫でるようにカインの腕に手の平を滑らせる。
熱い。
じわじわと右腕が熱を持ちだす。
「――――っ……!!」
「シン君おさえて!」
急にカッと腕が熱を持ち、指先が違和感とともにしびれ、思わずガタリと椅子を揺らして体を引きかけたカインをシンが後ろから押さえ込む。
「落ち着け。大丈夫だ」
耳元に聞こえたシンの声。その言葉に逃げかけた体を押さえ込むと、がくりと膝の力が抜けた。はっとしたシンが腰を引き上げその体を支える。
ぐらりと視界が傾ぐ。目眩。
ぐるりと瞼の裏の暗闇が確かに回り、指先の熱が伝わったかのように思わず瞑った瞼の裏が赤くなった。
「はい!終わったわよ。」
唐突にリズの明るい声が響き、ぽんぽんと腕を軽く叩かれる感触にカインは目を見開いた。
痛くない。
もたれ掛ってしまっていたシンの腕から身を起こして恐る恐る自身の腕に目を落とす。赤く引きつれ爛れていた火傷。それは既に何処にも見当たらず、見慣れた白い肌が覗いていて。
「な、……なんで?」
「んー何でって……何から話せばいいのかしらね」
ほら、今度はシン君の番よ。ズボン脱げとは言わないから、とリズはシンに腫れた足を出すように促す。少し躊躇するそぶりを見せたものの「とって食いやしないから」と再度促すリズに、大人しく椅子に座りなおし、負傷した片足を延ばす。その隣でリズの顔と自分の腕とを見比べるカインに、彼女は視線だけ向け口を開いた。
「何なんだって顔してる」
「そりゃ、こんなの普通出来ないだろ」
困ったように、そして少し憮然と返せば「確かにね」と軽い返事が返ってくる。
「昨日の夜ずっと起きてたんだから、シン君も話してあげればいいのに。シン君は分かってるんでしょ」
「……コマドリ。反教会組織の中でも筆頭の規模を誇る……特殊能力者集団」
「そう、当たり」
そういいながらシンの足に手の平を押し当てる。カインと同じように熱が伝わっているのか、僅かにシンが顔をしかめた。
「あたしたちは反教会組織で、エアシップを寝床にして定住はしていない。こういう力が使えて、プラスちょっとばかし荒っぽいことと機械いじりが大好きな奴が揃ってる。そして、」
「……そして?」
「審判者と呼ばれる双子の王子様とお姫様が生み出される前段階。試作品が私たち」
その言葉にシンが表情をゆがめた。それに気づいたリズは治療し終わった足から手を離し、代わりにシンの頭をぽんとはたく。
「貴方にはなんの責任もないわよ。私たちだって恨んじゃいないんだし。どっちかっていうと、……そうね、堅苦しい形式をとりたがる奴らも多いけど」

弟って感じなのよ。
そう言ってリズは微笑んだ。

 

 

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