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スルト

 

転がるようにしてフィリア=リンブラントはエスカレーターを駆け下りた。最後の数段を飛び降りれば彼女の短いスカートが翻り、覗いた細い足に道行く人々の視線が釘付けになる。だが彼女はそんな視線を気にもせず、顔に掛かった癖のない長い桃色の髪をきれいなネイルの塗られた手で払いのけた。
揺らがない視線の先に有るのは、ニブルヘイム首都グニパヘリルで一番巨大なモニタだ。
ショッピングモールの中央部の噴水の、更に上層に設置された装飾過多なモニタには、リアルタイムで崩れ落ちるビルが映し出されていた。中継しているリポーターの声が甲高く響く。ニブルヘイム西部に位置する旧時代の遺跡(最近これを『エルヴィドネル』通称『ネル』と呼ぶようになった)の再稼動により近隣住民に被害が出ていたが、政府の防衛軍の手によって無事鎮圧されたと報じている。
だがそれが事実とは異なる事をフィリアは知っていた。
防衛軍のメンバーらしき一団がモニタに映る。薄暗いニブルヘイムの空によく馴染む、十数の漆黒の衣装。その良く知るメンバーの中に、探していた人物を見つけてフィリアは歯噛みし、周りの目も気にせずに叫ぶ。
「なんであたしを連れて行かないのよっ!リヒトのばか!」
感情にまかせて叫んだフィリアの視線の先、モニタの片隅で黒髪の青年が小さくくしゃみをし、首を傾げた。

 

 

 
そろそろ煩いのが返ってくる頃だろうかと、アラン=カシノは事務所のソファーに寝そべりながら壁の時計を仰ぎ見た。
煤けた打ちっぱなしの壁に掛けられた、何の変哲もない機能だけ重視したような時計は、十五時二十三分を刺している。自分たちが任地から帰還したのが丁度十五時。煩いの、とアランが呼ぶ少女が別の任務から帰ってくるのもそろそろかもしれない。
同じことを思ったのか、脱いだコートに汚れを見つけ、「あーあ、しみ抜きで落ちるだろうか。お気に入りだったのになあ」と嘆いていたハクト=アカガキも、壁の時計に視線をやり、「あああ」と呻いてその特徴的な白髪の頭を押さえた。二十代後半の、長身の青年である。
「……退散しそびれましたね」
「だなあ、気づくのがちょっと遅かった」
「隊長、今日こそ対応お願いしますよ。俺最近、ちょっと疲れてきました」
「ええー、俺がそういうの苦手だって知ってんだろうが。 うちの隊の『お母さん』といえばお前だろ」
「そんな任務受けた覚えないんですが」
のろのろとそんな言葉を交わすうちに、高いブーツの音が近づいてきて、二人は視線を合わせ、共にため息をつく。そのため息をかき消すように、ガンッという暴力的な音と共に壊れかけのドアが開いた。
「リヒト! 出てきなさい! リヒト!!」
間髪入れず、鮮やかな桃色のロングヘアに黒いリボン、同じく黒のミニドレスとブーツを履いた少女が駆け込んでくる。その少女が身に纏うのは全身黒づくめの衣装だが、アランたちにとってそれは奇異に映るものではない。
トスカネル国に三年前まで『ノワール(noir)』という傭兵部隊が存在した。今はトスカネルではなく、ここニブルヘイムの首都グニパヘリルに拠点を移したが、ノワールの後進である『スルト(Surtr)』の仕事着は以前と変わらず闇にまぎれる黒である。
「アラン、ハクト! リヒトのやつ何処いったの!? なんであたしを置いてったの!? あたし絶対行くって言ったのに!」
大きな瞳に涙までためて少女、フィリアはのっそりとソファーから起き上ったアランに詰め寄った。
「まあまあ落ち着いて」
「落ち着けるわけないじゃない! あいつは何処! ひっ捕まえて回し蹴りしなきゃ気が済まないわ!」
「それは……穏便じゃないね……」
フィリアの言葉にハクトが一歩後ずさる。
傭兵部隊という荒々しい団体に似つかわしくない彼女の武器は、全体重を乗せた鋭く重い蹴り技である。ブーツに仕込んだ鉛とナイフ、そして訓練されぬいた身のこなしは、少女の華奢な体というハンデを補って余りあるほどの威力を誇っている。そんな彼女の回し蹴りは、ごく普通の少女の回し蹴りと同義である筈もなかった。
「ちょっと、皆大変だよ! テレビつけてテレ……え? 何何? 何かあったの?」
「おお、おかえり玉ちゃん、遅かったねえ!」
不意にあっけらかんとした口調が場の空気を氷解させ、アランはどうにかフィリアの意識がそちらに向くように、部屋に入ってきた「玉ちゃん」に声をかけた。玉ちゃんこと玉響は、パーマがかかった黒髪と黒い瞳の長身の青年で、黒い瞳も少し厚めの唇も笑みの形に弧を描いている。服装は自分たちと同じ全身黒づくめだが、アランとハクトがコートを好むのに対して、玉響は主にカジュアルなパーカーを着こんでいることが多い。
「あ、隊長たちが帰った後にリヒトと遺跡物色をね。防衛軍の代わりに働いてやってるんだから、この位は許されるよね」
「ねえ! リヒトはどこ!」
玉響の言葉にフィリアがばっと彼に詰め寄る。その剣幕に「えっ」と狼狽える玉響の声を尻目に、アランとハクトは部屋から退散すべく、ソファーから立ち上がった。可哀想な気もするが仕方がない。フィリアに捕まったが最後、リヒトを見つけ出すまで解放して貰えないだろう。ショッピングに付き合えば、荷物持ちとして最後までこき使われるのと同じである。
「ちょっと、ちょっと待って、隊長テレビつけて!」
その背中を引き止めようと玉響はアランのコートの端をひっつかんだ。ぐえと首が閉まり、アランは思わず玉響を睨み付けながらリモコンを手に取る。
「何よ、なんだっていうのよ」
「ほら、弐番おして。官報やってるから!」
「官報~? つまんない~」
「えっ、いい大人がわがまま言わないでください」
「リヒトは何処なの!」
「あ、俺お茶いれますね。玉ちゃんは玉露で、フィリアはアールグレイ、隊長はコーヒーでいいですよね」
なんでうちの隊のメンバーはこんなに自由なのが残ってしまったのだろうと、アランは一瞬遠くに視線をやり、ため息をつきながら弐番を選択する。
するとそこには緊張した面持ちでマイクを握る女性アナウンサーと、堅苦しいフォントで見出しが映し出された。
『トスカネル国王暗殺か。国内関係者による謀殺の疑いも』
「おや」
「なにこれ。誰かこんな依頼受けた?」
そう面々の顔を見回すフィリアに、アランたちは揃って肩をすくめた。

 

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