Read Article

ディーヴァ

カツカツと正気を失った体で歩みを進めるエミールを、白い制服を纏った隊員たちは止める事が出来なかった。銀髪の青年の手には、精巧な彫刻が施された銃がある。

「総長、お止めください! 」
ひとりの青年が勇気を振り絞りエミールをとめる。制服の肩に青いラインが三本。エミール率いるナイツの上級将校だ。
「邪魔だよ。退いてくれないかな」
口元に笑みを浮かべ、その制止を無視して青年は足を進める。口調は穏やかだが視線は冷ややかだ。いや、その薄い水色の瞳の奥では、正気を失った異様な光がちらついている。
「例えあなたでもアレを動かすことは禁じられている筈です! 」
「なら何時使うというんだい?鍵はすぐそこに現れたと言うのに、今使わないなんてナンセンスな話だ」
「神聖騎士団自ら、世界の調和を乱すというのですか! 」
「違うよ。根本から違う」
青年の言葉にエミールは苦笑してみせる。
「ディーヴァが現れたという事は、世界の調和が崩れるからだ。世界に危機が迫ってなければ、星はディーヴァを生み出さないじゃないか。ここずっと旧時代のビルが崩れた地震はその予兆だ。眠っていた地脈が息づき出しているんだよ」
だからね、僕が自ら世界を壊すのではなく、世界が今の調和を崩して『目覚める』んだ。
銀髪の青年はそういって、狂気の宿った瞳を笑みに細める。
「……貴方は、まさか」
まさか。
ふいに浮かんだ答えに青年はまさかと首を振る。浮かんだ答えを青年は否定したかった。だが否定できない。彼の上司は、どこまでも野心的な人間だ。
彼の上司は微笑みを浮かべて、うろたえる青年を見ている。
「貴方はその危機に乗じてアラストールを『使う』気か……? 」
「……」
エミールは答えずに微笑んで、窓の外へ視線をやった。
「――アラストールほどの力があれば、地下に眠る軍事遺跡にも十分なエネルギーを与えてやれるんだろうね」
ぽつりと、つぶやく。
「……あなたという人は……!」
戦いの振動に揺れるガラスの螺旋階段。外の世界の交戦が頑丈なガラスごしにも振動となって伝わる。また一機、おちてゆく。
若くして教会総長の座に上り詰めた青年が、また足を踏み出し歩き出した。
エミールの向かう先には巨大な扉がみえてきていた。塔の内装に似つかわしくない無骨な鉄の扉。その扉の前に、たった一人エミールを追いかけてきた勇気ある青年が回り込み、彼の歩みを遮る。
「いけま……せん、ニナは我々に扱える物ではない!それは貴方が一番良く知っている筈! 」
喉が干上がる。唇がわななく。
低い声は震えを殺す為だ。
若き将校は知っていた。自身の仕えるこの銀髪の男が、目的の為には手段を選ばない事を。そしてその理知的な瞳は、力への要求に濁り、既に正気など残っていない事も。だが、若くして将校になったが故に、この扉の先にある存在についても彼は知っていた。
世界を統べるのに必要なのは、巨大なエネルギーの塊であるアラストール。そしてそれを入れる頑丈な『器』。
「ニナだってね、目覚めたいと思っているはずだ。あんなにアラストールが憎しみに泣き叫んでいるんだから」
歯車は青年の命をなげうった義務感すら押しつぶして回り始める。
「いけません……、人が、神の領域に立とうなど……!」
青年は両手を張って、狂った男の前に立った。
エミールは目の前に立ちふさがった部下を不思議そうにみつめ、おもむろにふわりとその薄い唇に笑みを刻んだ。
燃える塔のどこかで、また何かが破裂したのか、一瞬窓の外が光り、その頬を紅く照らした。
銃をもった手をゆっくりと持ち上げる。

「ならば死んでくれ」
パン……と、乾いた音が通路に響いた。

 

 

 

肌に触れる風にカインはそっと瞳を伏せた。眼下にはどんどんと勢いを増してゆく炎の渦が見える。ヴァーラスキャルーヴを取り囲むように建つビルの群れは、既に炎の中に消えてしまっている。
頬をチリチリと火の粉が焼く。その痛みをどこか遠くで感じながら、カインはふわりと塔の最上階に降り立った。
硝子の塔と呼ばれた教会研究棟。シンとサラを閉じ込めていた分厚い硝子は、既に熱気に割れて散らばっている。
パキン……
足を進めれば、細かな破片が小さく透明な音を立てた。
「……どこに居るんだ? 」
そう呟き頭を振る。
探している存在はこの塔のどこかに居る筈だった。早く見つけ出して、壊さなければならない。
(気配が小さい)
確かにここだと確信はある。だが、何かに遮られたかの様にその気配は酷く小さく、どこに居るのか分からない。
「……ニナ。どこに居る? 」
小さく呟く。意識を広げるように集中しても、その姿がどこに有るのかが分からず、込み上げた苛立ちにカインは小さく首を振った。
と、その時。
「カイン! 」
不意に――背後から掛けられた声に振り返る。巻き上がる炎の中に見つけたその姿に、驚き目を見張る。思わず目元が熱くなり、慌ててカインはその口元に意識的に普段の明るい笑みを作った。
エンケから降りてきた背の高い少年の姿。
笑顔が不自然に、なっていないだろうかと少し気になる。
笑うという行為が、こんなに難しいだなんて思わなかった。
「――よう。なんでここにいるんだ?お前の姉さんはこっちじゃないんじゃないか。あ、もしかして、俺の事気にして来てくれたとか?だとしたらなんかごめんな。姉さんとの再会、ぶち壊しちゃってさ」
「……」
そんな明るい言葉にシンは戸惑い、その眉間に皺を寄せて押し黙る。
(困ってるなあ)
何度か口を開いては悔しげに首を振るシンを眺め、その様子に苦笑する。こんな初々しい姿も見おさめだ。小さく息をはいて、カインはその口元から笑みを消した。ここで、立ち止まる訳にはいかない。
「俺はちょっと用事があるから、お前はお前の姉さんを探しにいけよ」
務めて明るく言って、背を向ける。だが、「まってくれ」と呼び止めたシンの声に、カインは小さくため息を漏らした。
どうせ同じ道は歩めない。俺はもう決めたのだから、せめて少しばかり仲の良い同期みたいな、そんな存在で別れられればそれでいいのだ。
頼むから。
そう念じながら、カインは再度シンへと向きなおる。
そして、自分を見つめる少年の瞳に、そうはさせてくれない熱い色を認め、僅かに眉を寄せた。
「どうした? シン」
「……俺は」
「お前は?」
カインは声を返す。
明るいのにどこか凄みのある声色。その違和感にシンはカインの表情を凝視する。
その視線に、口元にどこか諦めたような笑みを作ったカインは、シンへ向けて足を踏み出した。
その手には白い刃の無い剣。
何故かぞっと戦慄が背を這って、シンは近づくその姿を凝視した。
実体化した高密度の力の破片が、羽根の様にカインが足を進める度に千切れては空気に溶けていく。ごく普通の少年を包み込む、まるで星の光を纏っているかのような、美しいきらめき。
一歩。また一歩。
ついに真正面にまで迫った彼は、そのエメラルドの瞳でシンをじっと見つめてきた。――意外と長い、睫。深い碧。
戦慄に声が出せないシンの瞳を、諦観の滲む微笑みで静かに見つめた後、カインがその唇をそっと開いた。
耳元に口が寄せられる。
「知ってるか。お前は俺を殺す為にいるんだ」
「……?! 」
驚愕に声を上げる間も無くカインの手がシンの胸を押し、破片の散らばった床にその体を押し倒す。思わずあおのき呻いたシンの首に、カインは刃のない刀身を押し当て、シンの首を絞めに掛かった。潰すような圧力と、剣からにじむカインの力に圧迫され息が止まる。
「……っぐ、ぁ……! 」
「ごめん、俺の事は放って、おいて、くれよ」
ほんと、ごめんな。とカインは謝りの言葉を告げながら、さらにシンの首にかける力を強める。シンが自分に何かしらの執着を抱いているのは、薄々気づいていた。でもここで着いてきてもらっては困る。
『――ン……シン!殺しなさい!その男を殺すのよ! 』
「……姉さ……ッ? 」
脳内にサラの声が響く。シンの状態を察し思念を飛ばしてきたのか。だが姉の発した言葉はシンにはにわかに受け止めがたい内容だった。そのシンの混乱した脳を冷やすように静かにカインが口を開く。
「狂ったディーヴァを殺すのは、お前達審判者の役目だよ。……でも知らなかったっぽいな、お前」
「っ……カ、イ……ッ」
「シンを離しなさい、ディーヴァ! 」
「……」
不意に響いた声にカインはゆっくり視線を上げる。その瞬間カインの下から抜けだそうとしたシンの腹を、すかさずカインは膝頭で押さえ込んだ。
「……ぐっ」
「ごめんな。動くなよ。……あれが、お前の姉さんか」
視線の先、紅く燃える空を背後に二人の人影があった。一人は銀の肉体をもつ人影。以前の自分であれば驚いていたが、今はあれが旧時代のアンドロイドだと分かる。そしてもう一人は、長い黒髪をなびかせた、シンによく似た面立ちの美少女だった。
少女は怒りをその整った顔に浮かべ「おのれ! 」と叫んで床を蹴る。
「サラ様……! 」
「狂ったディーヴァは要なしですわよ!宇宙に帰りなさい! 」
叫んで、手にした扇子を一閃する。途端硝子片を巻き込んで見えない力が膨れあがり、衝撃波となってカインへと襲いかかった。素早くシンの首を押さえていた剣を構えると、カインは無言でそれを横に払う。
キィイイイイン!
鋭い音。はじけ、砕ける。
「くうううううううっ! 」
はじき返された力を、サラはとっさに自らの力場を展開することで打ち消す。
(おのれ……おのれ……! )
怒りに頭に血が上る。今の今まで一度たりとも、こんないともたやすく力を跳ね返された事はない。
透明な水の様な視線の、少年の姿をしたディーヴァは、弟の上から無言で立ち上がる。
「シンの気配が小さかったのは、お前がそばに居たからね……」
歯噛みしてその姿をにらみつける。
ディーヴァとディーヴァを殺す者。相反する者。互いの存在で、互いの存在を打ち消しあっていたのか。
「――ディーヴァ……」
不意に掠れた呟きが辺りに響いた。
体を起こしたシンが、緩慢な動作で自身の首を押さえ、前髪を掻き上げる。
(ディーヴァ……だと)
『イル ファンテ ラ ディーヴァ』
――秘密は、ディーヴァが握る。
たしか、そうミンディア国王フランツは言っていなかったか。
そしてもう一つ。
「リタ ルイーナ デスタ アザ ディーヴァ……」
――――狂ったディーヴァは、世界を許さない。
「星の守護……」
「……」
ザキの発した言葉に無言でカインが瞳を細める。はらりと頬に金の髪がかかる。いつも見せていた笑顔はもう無い。
「ディーヴァ。世界が危機に瀕した時に星を守護する役目を担っている人々です。人と同じ姿をし、人と同じ生をたどる。だが星に危機が迫った時にだけ本来の役割に目覚め、星の安定を守るために行動するという、今は伝承の中だけの存在。私が稼動していた時は普通に人々と暮らしていました。巨大な力を持っていた為、尊敬と畏怖を集め、敬われていましたが」
ザキの言葉にカインが感心した様に小さく頷いて「お前は相当古いアンドロイドなんだな」と返す。
「おとぎ話。ディーヴァという存在を知っている奴は皆そう思ってるんじゃないかな。もう、一種の神話みたいなものだから」
そう口に笑みを浮かべ、そしてふいと割れた窓の外に広がる夜空に視線をやる。
「俺もそう思ってたよ」
「だが何故そのディーヴァを殺さなければならない……!? 守人を、何故殺す為だけに、俺は……」
「狂っているからよ」
シンの言葉にサラが鋭く答える。
「そのディーヴァは狂っているわ。大崩壊を起こした時から、ずっと。狂ったディーヴァはもう世界を救わない。闇に染まった魂の声だけきいて、暴走していく。……憎しみに染まってしまったディーヴァはすでに守人なんかじゃない! 」
「……カイン」
サラの言葉にカインは眉根を寄せ、射抜くように少女の瞳を見つめ返す。
「ディーヴァを狂わせたのは人間だ」
シン、その男から離れなさい。そう言ってサラは扇子をまた構え直した。
「あんた達は全て忘れてしまった。世界を守ろうとしたディーヴァにどんな仕打ちをしてきたのか」
「だから、また繰り返そうとでもいうの?復讐しようとでもいうの?アラストールを抱えて! 」
サラの言葉にカインは無言でもって答える。
衝動が無いと言えば、それは嘘でしかない。突き上げる憎しみと破壊衝動。それは確かに自分を蝕んで埋め尽くそうとしている。でも。
「……違う」
カインの呟きにピクリと眉をあげ、サラは宣告するように口を開く。容赦なく、小さな嘘をも許さぬように。
「たとえ貴方がそうであったとしても、世界は貴方を殺します。それは貴方が目覚めた時から決まっていた事。ディーヴァが人間を敵に回した時から、決まっていた事だわ」
サラがまた扇子を構える。
「大崩壊……」
シンはサラの言葉の意味するところに気づき、呟く。そして悔しさに唇をかみ締めた。
(どれだけ……)
どれだけ、自分は隠されてきたのか。何も知ることなく、今まできたのか。
「そう。あんな昔の事のせいで、私達はずっと籠の鳥。あんな三百年も昔に起きた事のせいで、私達はまた……! 」
あの世界を壊した大崩壊を、星を守るはずのディーヴァが起こしたのが三百年前。その出来事のせいで、自分たちが、審判者が作られる事は必然となったのだ。
能力者の力をかき合わせ、狂ったディーヴァを殺す為の「手段」として。
「だけどここ数百年間ディーヴァはずっと沈黙していた。だから世界はここまで再生できた。なのに、何で今更!」
サラが髪を振り乱して叫ぶ。
「その男が活動を再開なんてしなければ、きっとこのまま何もなかったはずなのよ! 」
「違う! 」
鋭く、嘆くように。
カインが一言叫んで首を振る。違う、自分が目覚めたのには、意味がある。
「……俺だって……!それでも……! 」
サラの言葉に、酷く傷ついた自分を押し殺すようにカインは首を振った。言いかけた言葉を飲み込んで、おもむろにカインはシンを振り返る。
「……殺すなら、今のうちだ」
小さく笑いさえして。
「何故……、何故そんな事をいう……? 」
込み上げた憤りに堪らなくなってシンは目の前に立つ体を、肩を引き寄せようとした。目を合わせて話したかった。全てを聞き出したかった。
そんな顔を――して欲しく無かった。
だが――――
『キリエ、奪え』
ふいに響いた声に全員顔を上げる。
スピーカーから響いた声は、酷く冷ややかに部屋に響き、次の瞬間、――破れた窓の先から巨大な獣がその身を現した。
(……なっ!? )
圧倒的な速度でその獣は大きな翼を羽ばたかせ、カインとシンの眼前に迫る。
「……っ! 」
ドン!
突如胸に加えられた衝撃に。体制を崩し倒れ込む。カインが自分を突き飛ばしたのだとシンが気づいた次の瞬間、一人立つカインに向けて、体毛に覆われた太い腕が物凄いスピードで突き入れられた。
「……ぐ……っ」
メキリと、――何かがひしゃげる嫌な音がした。
鮮やか過ぎる紅い色が、シンの目の前でカインの口元から溢れる。
獰猛な獣の鍵爪が細い躯に容赦なく沈み込む。
酷く鋭く歪な……異形の爪。
それは少年の腹部へとめり込み――そして突き抜けた。
「……っ」
赤い色がはじける。キメラはその剛健な腕を引く。
次の瞬間、カインの体から黒い光が迸った。
暴れる本流。
禍々しく、圧倒的に巨大な力にサラが鋭い悲鳴を上げる。
「あ、あああああ……っ」
か細い声をあげ、少年が顔を覆って仰け反る。
ブチブチと肉の引きちぎれる音。ぐらりと空中で傾ぐ体。
その体から迸った黒い光は、キメラの低い咆哮と共に、そのキメラの体内に吸い込まれた。
「ァ……」
腹に風穴を開けたカインが小さな声をあげて落下し、床に叩きつけられる。
「……イン」
体中の血がさあっと引いていく。
とっさにシンはその体に駆け寄ろうと足を踏み出す。だが、そのシンの視界に映ったのは、コチラを向いたニケの主砲銃の奥で、膨大なエネルギーを伴った光が膨れあがる光景だった。
「カイン…! 」
とっさにその血に濡れた体を抱きかかえ、床を蹴る。
逃げ場は空中にしかない。
シンが窓際に駆け寄り空へと身を投じるその直後、間髪入れず放たれた砲弾はヴァーラスキャルーヴをどうしようもない熱量で貫いた。

 

PREV | NEXT
Return Top