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不機嫌な姫君

「目の調子は」
「…………」
尋ねる声に、少女は無言を持って返す。
拒絶と侮蔑とをその華奢な背で静かに発しながら。
それはここ数日ずっと同じで、ザキも返答を期待して発した言葉でなく、単に仕える者としての主人への礼儀だ。
彼と少女の居る場所は四方全てを透明な硝子で仕切られていた。つい先日、少女の能力によって破壊された硝子は、既に何事もなかったように修復されている。ただ違うのは、それまでこの場所に少女といた、少女の弟の姿が消えたことだけ。
広々と、そして閑散とした硝子の塔ヴァーラス・キャルーヴ最上階。その先の暗い夜空で星が寒々とした光を発しているのを一瞥すると、ザキは視線を戻し目の前の椅子に自分に背を向けて座る少女へと戻し、その瞳に巻かれた包帯を解きだした。くるりくるりと解かれた包帯が青白い光を発する床に落ち、手を動かす度に少女の長く艶やかな黒髪がサラサラと彼女の背で揺れる。紅染めの着物を纏った線の細い肩の向こうに、少女が膝の上であわせた細く白い手がみえた。
(美しい)
静かに新しい包帯を彼女のガーゼを当てた瞳の上に巻き直す。包帯を巻く自身の手は、少女の白くきめ細かいその手とは違い、メタリックで無機質な質感。それはザキの手だけではなく、全身に言える事だった。
ザキは旧時代に生産されたのであろうアンドロイドだ。D地区周辺部の遺跡で、まだ起動することなく眠っていたところを教会の調査団によって発掘され、この塔へと連れてこられた。
急成長している教会の研究はザキを目覚めさせることを実現し、今のところ唯一無傷で、そして稼動する旧時代のアンドロイドとしてザキはこの塔に勤務している。
ザキに組み込まれた知識では、自分が製造された当時、既に人間にそっくりのアンドロイドを作る技術はあったようで、けれどもザキが人工皮膚を持たず、頭の上からつま先まで光沢をもつ滑らかな銀のボディーを持つのは、ひとえに当時の人々が人間と、彼らが作り出した「モノ」との間に外見的差異を求めたからなのだろうとザキは考えている。
自分たちアンドロイドの人工知能の複雑化は学習能力が備わると共に飛躍的に進み、人間の想像外の領域へまで及んだのだろう。そのことへ対するサブリミナルな恐れが、自分たちアンドロイドの外見を人間とは異なる、人工物であると主張するようなものへと退化させた。
思うに、その次の段階は機能の制限だったのだろう。その段階が来る前に、人は自らの作り出した兵器で自らの歴史に「大崩壊」という形で一度終止符を打ってしまったが。
包帯を巻き終え、ピンで留める。足元に落とした使用済みの包帯を、医療品用のトレーに乗せ一礼し、フロア下降用のステップに足を向けかけた。
だがその時、不意に聞こえた小さな笑い声にハッとし、ザキは振り返った。
「……悪いに決まってるわ」
椅子から立ち上がり、凛とした姿でザキへと向き直り、少女は口元に笑みを浮かべた。
「サラ様……」
「気安く呼ばないでくれないかしら」
柔らかな声。だけれど発された言葉ははっきりと拒絶の意を伝えている。
「瞳を抉りとられて、調子が良いと思う?何も出来ぬほど力を搾り取られて、気分が良いと貴方は思う?」
ゆっくりと問いかけるように。その間、ずっとサラは微笑みを絶やさない。
「いえ」
そうとだけ答えたザキに、包帯に隠された瞳を向け数秒沈黙すると、サラは再度その小さな花びらのような唇を開く。
「私、ここに有るもの全てを憎んでいるの。あの子以外好きじゃないのよ。憎くて憎くて、全て壊してしまいたいの」
もちろん貴方も。
そう微笑み告げると、サラはザキに背を向ける。
「下がって」
「……失礼します」
背後でザキが一礼し、降下用のステップで階下へ降りていく音を背を向けたまま聞き届けると、小さくため息を付いてサラは窓際へと歩み寄った。暗闇に沈んだごつごつとした荒地の、さらに先へとその見えない瞳を彼女は向ける。
「八つ当たりしてしまったわ」
眉根を寄せてそう呟く。
そしてそれまでの優雅な所作とは打って変った大雑把な身振りで、長い髪を両手で放り投げるように後ろへはらうと、顎を引いて意識を外へと飛ばす。先へ、更にその先へ。
無音。
大地の遥か上空で、少女は世界のどこかで鳴っている音を探すように耳を澄ます。バラバラに奏でられている音の中からただ一つを選び抜くように、神経を研ぎ澄ませる。
やがてサラはほっとした様に肩の力を抜いた。
「無事ね……シン」
そう言って、微笑みかけ、けれども訝しげに眉を寄せる。
「何故こんなに気配が遠いのかしら……。いくら私の力が弱まっているからといって……何か、何かが」
障害になっている。
「……何?」
小さな呟きはフロアをさ迷い、冷えた空気にやがて溶けた。
答えるものは、誰もいない。

 

 

中立国家ミンディア。
どこの国も、荒れた土地からの再建が進む中、ミンディアだけは多く旧時代の建造物を残している国家である。正確には大戦の影響によって国という枠組みが定かではなくなるまで破壊された世界で、建造物の破壊が少なかった地域にこのミンディアという国が成ったというべきか。
遺跡という形で旧時代の建造物を残しているトスカネルを含む各国とは異なり、ミンディアの過去の記憶はまさに生活の中にその姿をとどめている。旧時代の建造物をそのまま補修改築して住居に使用しているため、情緒にあふれた街並みが多く、そして唯一大崩壊以前の歴史を幾ばくかではあるが所有している国としても有名だ。
「軍国主義色が強い国家ほど、情報規制が激しいとは思っていたが……」
この国に入っての驚きは、一般市民に提供されている情報の厚さだ。図書館は各地に国によって設置されており、誰でも自由に利用できる。シンのいるミンディア中央図書館では、旧時代のロストテクノロジーそのものが展示され、手に取ることすらできる。手のひらに乗るサイズの情報端末。実態の無い映像を空間に描写する電子映写機。色とりどりのネオンに彩られ、空を多くのエアシップやエアボードが飛び交う大都市の写真。
過去の栄華はこんなにも華々しい物だったのか。そして当時の技術はいったいどこへ消えてしまったのか。
(消えてなどいないのだろう)
必ずどこかでその知識や技術を引き継いで居るものがいる。それらが表に出てこないのは誰かが封じ込めているからだ。
トスカネル。
国か、それとも教会か。
一地方自治団体でしかない筈の教会リシュヴェール。だがその根はどこまでも深い。大国トスカネルの奥深くまでその根を伸ばし、癒着し、操る。
情報統制を行っているのはトスカネルでもあり、教会でもある。それが真実なのだろう。
「俺に与えられた情報は少なすぎるな……」
そうシンは呟いて、本を元の場所に戻し国立図書館を後にする。
トスカネルで自分に与えられていた知識など、ほんの一部でしか無かったらしい。
手押しのすこし重いドアをあけ外に出ると、肌寒い空気を感じると共に雲ひとつ無い青空と斜面にそって並ぶ白い街並みが視界に飛び込んできて、シンは眩しさに目を細めた。
トスカネルの北に隣接するミンディアの首都、バゼルは坂の町だ。道はほぼ階段とスロープで構成され、真白の壁には美しく映える瑠璃の青で、様々な絵柄が描かれている。山の斜面に作られたこの街は、見上げれば斜面の頂に壮麗な白亜の宮殿バゼル城が見える。その美しさにしばし見とれた後、シンは抱えた大きめの紙袋を持ち直し、活気付いてきた朝の街の坂を下り始めた。
昼前の買い物でにぎわう商店街は、広いとはいえない迷路のような道の両脇に、長々と商店が連なる。駆け回る子供たちや、誰かが落としたのか坂を転がり落ちていくオレンジなどを興味深く眺めながら歩く。
リズに頼まれた買い物は図書館へよる前にあらかた済ませたから、あとは戻るだけだ。だが、生まれてからずっと半ば幽閉されて育ってきたシンにとっては、街は珍しいものに溢れ、いくら見ていても見飽きることがなかった。
コマドリ一行は今、バゼル城下のモーテルに泊まりこんで王使の使いを待っている。もちろん全員ではなく、主要メンバーを残して他は街の外へ止めたエアシップ内で待機し、リーダーであるリズのいない間は古株のジェフが代役を務めることになっているようだった。なんでも、ジェフは十五年前の実験体が教会の研究塔から脱出を試みた時の若きリーダーだったらしい。つまりコマドリ前代リーダーであり、リズの後見役としての実力は十分過ぎるほど備えていた。
「あ、シン君おかえりー。あ、そのカードまった!」
「だめ遅い。って、リズ、『君』に買い物行かせたの?」
街の一角にあるこざっぱりとしたモーテル(国営のものらしい)のドアを開けるとすぐ、開けたリビングのテーブルに向かい合わせにすわり、リズとキャサリンがトランプをしていた。荷物を抱えて帰ってきたシンの姿に気づき、キャサリンが避難の声をあげる。
「大丈夫大丈夫。国側が見張りに付いててくれてるみたいだし、シン君だってずっと外に出られないなんて息がつまるでしょ。もう七日も足止めよー。まあ援助を頼んでるのはこっちだから文句は言えないけど」
「あきれた……」
「街を回ってみたかったんだ。だから構わない」
肩をすくめるキャサリンに向けてそう小さく微笑し、持っていた紙袋をテーブルに置くとシンは奥の部屋へと姿を消す。その後姿を無言で二人は見送り、おもむろにキャサリンが口を開いた。
「……憂いを帯びた黒き瞳。エキゾチックー」
「そうねー」
芝居がかった低い声でのたまわれた言葉に、リズはしみじみと頷く。たしか十六歳だった筈だ。それにしては落ち着いているし、何より自然に漏れる微笑みが良い。黒い瞳にふわりと柔らかい色を乗せて小さく笑う。育ちの良さだけではない品の良さがにじんでいた。
既にそこそこの背丈だ。数年後にはいい男に成長するだろう。
「そうそう、カイン君をさー、観察してみたわけよ」
「ああ、何か原因でもわかった?」
「睫毛の色が、根元は髪と同じハニーブラウンなんだけど、先だけプラチナ色してる」
「……ああ、そう。」
「光にすけて綺麗なんだよ。睫ばっさばっさでさー、思わず抜いてやろうかと」
顔をしかめるキャサリンにリズは「はは、そうなんだ」と乾いた笑いを返し、席を立ち上がる。そして先ほどシンが向かった奥の部屋へと足を向けた。
「確かに観察したくなるのもわかるけどね」
リビングの隣の二回り程小さな部屋にはベットと小さなテーブル、そして窓が一つ。
換気の為開け放たれた窓から流れ込んできた風が、白いレースのカーテンをフワリと持ち上げる。それと共にどこかの家で作られている昼食の香り。
「んー、いい風ね。すこし冷たいけど、日差しは暖かいから大丈夫でしょ」
ドアに寄りかかったリズに、ベット脇の椅子に腰掛けていたシンは、読んでいた本から視線をはなし顔を上げた。
「どう?」
「いや、何も変わらない」
問いかけに首を振って答えたシンは、視線をベットの主へと向け、その表情を曇らせた。
自分のせいだとでも思っているのかしらと苦笑し、リズはベットの傍へと歩み寄る。
「もうそろそろ起きても良いんじゃないかしら」
つん、と静かに寝息をたてるその頬をつつく。
つつかれた本人は眉根を寄せて「んん……」と片手をあげて身白く。

「ねえ、カイン君」

 

 

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