崩壊。そして

(酷い)
広場を突如襲った地震は、旧市街のビルが再度倒壊した為だった。一度崩れたビルが捜索作業中に更に倒れた。二次倒壊だと、駆けつけたカインにホームレスが教えてくれた。
考えていたよりも崩壊の規模は大きかった。
布をかけられた遺体の前に呆然と座り込む人々の姿が視界に映る。昨夜発見されたものか、それとも先ほどの倒壊の犠牲者か判別は付かなかったが、その数の多さに、被害の大きさが覗えた。
倒壊直後、嫌な予感に工房へ戻ると、来ていたはずのクレアの姿が見えなかった。慌てて工房を飛び出し、ここまで走った。家の無いクレアの戻るところといえば、この旧市街のみだ。
「クレアーーーー!! 」
呼びかける。
まだ煙は収まりきらず、喉へ入りこんだ土ぼこりに咳き込む。
聞きたくなくても聞こえてきてしまう、押し殺した泣き声。
(皆……)
あたりを見回せばやりきれない思いに、口元が震える。
ここまで酷いなんて思わなかった。
人のいい機械工の老人に拾われるまで、カインもこの場所で暮らしていた。それがどんなに身を落とした生活でも、この場所は住み慣れた古巣で愛着もある。当然知り合いだって大勢居て、そんな顔見知りが道とも判別の付かなくなった道の端や、瓦礫の下で動かなくなっていた。
「ねぇ、クレア、クレア見なかった?!」
「いや……」
疲弊した表情が首を横に振る。何度問いかけても期待した応えは帰ってくることは無く、不安と焦燥がどくどくと胸を突く。
(まさか)
巻き込まれてしまったのだろうか。
そんな絶望的な思いに「まさかそんな」と首を振って再度視線をめぐらせ、不意に見えた布の柄に、息を呑んだ。
道の端に置かれた汚れた布の掛けられたふくらみ。
その下から覗く、見覚えのある花柄の衣服。まさかまさかと嫌な予感に駆られて急いで駆け寄ると、掛けられた布を捲る。
(――――違う……)
損傷の激しい遺体。その遺体の髪はブロンドで、クレアの黒髪ではなかった。
ほっとしつつも幼い子供の死体を前にどう表情を作ればいいか分からず、嘆いてくれる人の居ないその少女の髪をそっと撫で、カインはその遺体にまた布を掛けなおした。
「そこのお前!なにをしている! 」
「……っ」
立ち上がると同時に詰問するような声を掛けられ、カインは振り返った。銃を構え自分に鋭い視線を向けるのは白い制服を来た男。どうやら自分は火事場泥棒と間違われたらしいとカインはため息を付きかけ、相手を刺激しないように内心慌ててそれを押しとどめた。
厳しい詰問口調に辟易としながらも、仕方なく自分がここにいる訳を話す。兵士の態度は鼻から疑ってかかる不快な物だったが、カインが盗品と思わしきものを何も所持していなかった為、それ以上問い詰めることは止めたらしい。苦虫をつぶしたような顔をして、「もういい、いけ」とその場から追い払うように銃を振った。
と、その時「いたか?」と離れたところから男の同僚と思わしき男が兵士に声を掛けてきた。その隙にカインは居心地の悪い場所から身を翻す。余計な疑いを掛けられる前にさっさと離れたほうが良い。
(……良い服着て)
仕立ての良いあの制服がこの場所にいる人々にはどう映るか、あの兵士たちは考えたことがあるんだろうかと考え忌々しくなる。
教会兵士。
この地区を含めた、トスカネル国の広大な範囲の治安維持と統治は「リシュヴェール教会」という組織が国から委任されて行っている。だがその「教会」が実質行っていることといえば、過去の遺物の研究だとか、恐ろしい人体実験(もっとも、これは街の人々の噂話が出元だ)だとかで、こういう大きな被害が出たときぐらいしか街のために彼らは動かなかった。それも何かあってのことか、対面の問題か。
スラムで小さな少年少女がどんな目にあおうとも、彼らは何もしない。それどころか小さな子供を日ごろの憂さ晴らしや性の相手に使う始末。だが、まるで聖人君子であるかのような彼らのリーダーは、テレビのブラウン管の中でにこやかに『ご安心ください』などという。
(クレアを、探さないと……)
静かに、だが急激に冷めた荒んだ気持ちを振り払って、カインは少女を探すためにまた歩き出した。

(……雨)
ぽたん、と頬に当たった小さな水滴に顔を上げる。先ほどまで青く晴れ渡っていた空が、今は灰色の雲に覆われていて、急速にあたりは夕暮れに包まれだしていた。
早くクレアを見つけ出さないと、と深く息をつく。
そして視線を元に戻すと、入り組んだ細いレンガ道の向こうから小さな姿がかけてくるのが見えた。
「クレア……!」
「カイン!」
まだ十ほどの少女はレンガの出っ張りに躓きそうになりながらもこちらへ向かって手を振る。
探していた少女の無事な姿にほっとして、カインも駆け寄った。
「……っ、無事で……っ」
ぎゅうと、駆け寄ってきた小さな体を抱きしめれば、安堵と共に、涙腺が緩みかけて慌てて息を飲み込む。
顔をあげ、無言でほこりまみれの髪をなでると、少女は少し照れたように、だが嬉しそうに微笑んだ。
「服とか、……残ってないかなって探してたの。そしたらまたビルが崩れて……」
「……そっか」
恐ろしい思いをしたのだろう。今朝よりも覇気がない声に思わず髪に手が伸びる。
「もーー!ほんと心配したんだからな!」
ぐしゃしゃ少女の髪をかき回せば、きゃあきゃあと笑って少女は逃げた。
「あ、あのねカイン」
「ん?」
何?と立ち上がりながら聞けば、「今日だけでいいからさ、泊めてよ」といって「ね?」とクレアは首を傾げて見せた。
首をかしげるのは自分の癖だ。
俺の癖が彼女にも付いたらしいと、カインは苦笑しながらどこか甘酸っぱい気持ちにもなって、「しょうがないなあ」と笑って少女の手をとった。
だが、帰ろう、と引いた手に抵抗を感じて振り返ると、クレアがカインを見上げていた。
「あとね」
「どした?」
こっち、と少女は工房へと足を運ぼうとしたカインの腕を反対側へ引く。

「知らないお兄ちゃんが倒れてるの。このままじゃあの人雨で風邪ひいちゃうわ」
少女はカインの手をもう一度強く引いた。

 

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