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映画館の夢

緩やかに流れ落ちる雫が、ゆっくりと足元に血溜まりを作ってゆく。
頬に当たる空気は灰をはらんで、冷たく脇をすり抜け黒い空へと消えて行く。
「――狂ったディーヴァを殺さない審判者か。とんだ出来そこないだね」
冷えた声色と共にカツ……と硬質な足音が響き、カインとシンは顔を上げた。
そして視界に白い正装をした男の姿を認めた途端、その男の背後にナイツのリガが数十機現れる。
空気を震わす硬質な羽音。そして向けられた数十の銃。髪が風に煽らればさばさと音を立てる。
(囲まれた……)
無意識にシンは腕の中の体を抱き寄せようと手を伸ばすが、その指先はそっと伸ばされた腕によって遮られる。
腕の中からすり抜けたカインの体が再び白い光を放ちだし、細かく千切れた光の破片も風と共に夜空へと吸い込まれてゆく。同時にカインの足下から這い上がる用に現れた実体を持たない黒い影も、その躯に這う様に絡み出す。
実体を持たない黒い蔦。呪縛の様に宿主の足下からわき上がり、その嘆きの刃と世界へ向けようとするディーヴァ達の嘆きの具現。
それがカインの肉体を使って世界へ復讐しようとしているのが、カインの言葉を聞いたシンにも分かった。隙あらば肉体を持つディーヴァの躯を奪おうとしている、何処にも行けない思いたち。
「カイ……っ」
その空虚に満ちた思いの蔦がカインの躯から発される白い光を食い尽くしてしまいそうで、シンは自分から離れようとするカインに手を伸ばした。だがその存在はシンの指先をすり抜けて、現れた軍へ向き直る。カインの髪はいつの間にか解けて夜風に晒されていた。
触れることの出来なかった指を伸ばせば、僅かに振り返ったカインは一瞬だけシンの瞳を見つめてまたエミールへと向き直る。
不思議な色をした視線の色に、鋭く研ぎ澄まされた視線の光にシンは言葉を失いその手を下ろす。
この男は、もう決めているのだとシンには分かった。進む先も、何をするかも。
先ほどの弱さなど無かったかのように、一瞬重なったその視線は自分の腕など望んでいなかった。
「――アラストールをどうするつもりだ」
問う声は腕の中で震えていた様子など幻であったかのように低く静かで。
まるでナイフの刃の上を這う光のように冷たい空気に響いた。
「それは、これから死ぬ者には知る必要のない事だろう」
鼻で笑ってエミールは肩を竦めた。
ビルの屋上。崩れかけたタイルの上には、少量とはいえない血が滴り落ち、若いディーヴァの足元を濡らす。
だが。
向けられた少年の視線は、どこまでも静謐で、透明で。ただ真っ直ぐ鋭く自分へと向けられて、奇妙な興奮をエミールは覚えた。
ああ、殺すのは惜しい。
一瞬そんな言葉が脳裏をよぎる。
諜報員が集めた資料で見た彼は、ただあどけない笑顔を浮かべた街角の少年で。だが明るく子供らしい笑顔の写真の中に、時折大人びた無表情が混じっていた。そのどこか冷めて、屈折したその横顔に惹かれた。自分自身をどこか遠くから見つめている者のする表情だとエミールにはわかった。
現実と乖離した自分自身に不安を抱えながらも、取り繕って日常に溶け込んだ自分自身を演じている。
そんな少年の得体の知れない力に胸を騒がせ、一刻も早くその力を手中に収めたいと、そして実際に少年に会ってみたいと思っていた。
その少年がディーヴァだと分かって、エミールは驚きと共に納得もした。
現実との乖離。
(当然の事だ)
ディーヴァが人の世界になじむ事など――ない。
絶対的な力をもち、星の一部としての思考を持つ高次の存在。
それはそもそも唯一であり、高みから見下ろす事を運命付けられたものなのだ。
だが、そんな存在など、小さな人間達にとっては脅威でしかない。
(いらないんだよ、カイン君)
君の存在を、君を生み出した世界が淘汰する。
(――それが必然)
エミールは僅かに同情の目を少年に向け、そして微笑んだ。
視線の先でゆっくりと少年が身体をかがめる。ぼんやりとしていた光は白を強めていく。逸らされない瞳。エメラルドの輝き。千切れていく紅い炎と、夜空を流れる雲の影。
カチャ、と金属がこすれあう音がし、エミールは左手でそれを制した。引き金を引くのはまだ早い。口元に笑みを刻んで自ら腰のサーベルを抜き放つ。すると血に濡れた少年は僅かに口元を歪めた。笑み。好戦的で、挑発するような。
そして足を踏み出しかける。
その時――
「カイン、駄目だ……! 」
「……っ!」
ディーヴァの動きが止まる。カインとエミールの間に割り込んだのは黒い髪の少年だった。煤に塗れたコートが、それでも白く広がりディーヴァを覆い隠す。ディーヴァたる力の発動を妨げられ、カインが目を見張る。そしてそのまま黒髪の少年の腕の中に抱き止められた。
エミールはその様子に苦笑して、サーベルを腰に戻し身を翻す。キリエは――あのいたいけなキメラの子はちゃんと自分の言うことを聞いただろうか。ちゃんと、世界を返る大きな仕事を成し遂げてくれるだろうか。
静まりつつある紅い炎の合間から見えた黒い空をエミールは仰ぎ、口元に笑みを浮かべた。
宇宙が今か今かと待っているのだ。
もうすぐ、眠りについていた世界が目覚める。

 

発動されなかった力が、白い羽根のようにあたりに四散し、消えた。
抱きしめた身体がこわばり、そしてか細く吐き出された息が震えて消えた。抱きとめられた身体が、ガクリと力を失ってひざが折れる。
当然だ。
内臓すら破られて、立っていられるはずなど無いのだから。
だがカインはそれでも動こうとする。自分の命のありかなどどうでも良いかのように。
「……シン、離せ」
「お前は、その力を使うべきじゃない! 」
「………………そんなの」
そんなの、分かってる。
かすれた声が泣きそうに震えて、それでも……と小さな声で呟かれた。
「お前の代わりに俺が行く。もう、力は使わせない」
シンの言葉にカインは目を見開いて沈黙する。「何で」と、唇が動いた。その言葉にシンは答えられないままその身体を抱きあげる。小さく悲鳴を上げて、カインがシンの首に縋りついた。
アラストール。
自分が止めようとも行こうとするのならば、自分も共に行くしかないのだ。カインが何もいわないのならば、自ら行って見届けるのだ。――彼がどんなに自分を拒絶しようと、彼を殺すのが、自分の役目なのだとしても。
「……地下だ。ニナが、地下に。アラストールはきっと、そこに……」
そうこみ上げる痛みに詰まりながら、カインはシンに告げた。カインを見上げたシンが頷き足を踏み出す。
振り返ったエミールが苦笑して片手をあげる。兵士達が銃を構えなおし、トリガーに指をかけた。その瞬間カインの身体が光り二人の身体を白い光りが包み込む。
「……っ? 撃て! 」
ドン!!!!
エミールの声に一斉に放たれた弾は、二人の身体に届く前に蒸発して消える。足を止めた審判者は、抱えあげたディーヴァの顔を見つめると、崩れた床へ歩み寄り躊躇なく飛び降りる。遥か深淵へ。
ヴァーラス・キャルーヴの最深部を目指して。

 

 

 

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