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消えない思い

ドームの壁面に外付けされたステップを駆け上がってくる黒い影に、素早く駆け寄り肩を蹴りつける。そしてそのままよろめいたその懐に走りこみ、相手の利き腕を掴んで勢い良く肘の間接裏に膝を入れた。
鈍い骨の砕ける音、続くうめき声。
膝を降ろし、勢いのまま上体を捻り今度は反対の足を相手の腹部に叩き込む。その衝撃に「がぁっ」と喉の奥で空気が上手く出ずにつまったような声と共に黒尽くめの男は吹っ飛び、四階分の階段を転がり落ちていった。
煌々と夜の闇を照らすドームライトの中で、その体が地面に叩きつけられるのをはっきり見てしまい、吹っ飛ばした張本人であるシンは僅かに眉を寄せる。
四階分の高さだ。足止めには十分なっただろう。
無理やりそう考え、そのままその階段を駆け下りて二階通路へと入り、ドーム内部を通って一階の入り口へと向かった。その後ろに屈強なコマドリ隊員たちが続く。
『艦長に代わりユッカ=モモノイがお知らせします。コード〇三(ゼロスリー)、コード〇三。迅速に対処をお願いします。南ゲート完全封鎖。南ゲート完全封鎖です。これ以降の船外行動は禁止です。繰り返します。コード〇三、コード〇三。迅速に対処をお願いします』
先ほど別れたユッカのはきはきとした声が、通路の天井に取り付けられた伝声管から館内へと響き渡る。
階段をおり左へ曲がると、それまで響いていた銃撃の音が途端に大きくなりその響きにシンは僅かに顔をしかめた。
また、ズン……と脳を揺さぶられるような衝撃を鈍く感じる。
「君」
「……」
背後からかけられた隊員の声に、視線は前へやったまま小さく頷く。
注意を促したのだろう。だが、生憎ぬくぬくと安全な場所で事態の収拾を待つつもりは、シンには毛頭無かった。それが背後の男たちにも伝わったのか、二名がシンの一歩前へ盾になる様に前へ進み出て、走り出す。その彼らを一瞥し一言「有難う」と呟くと、そのままシンは彼らの後に続いた。
鈍い振動はまだ続いている。
コマドリ隊員たちの避難を助けつつ、視線をめぐらす。あの金の髪が見当たらない。
一部通電線が破損したのか、頭上の明かりが他より一段階暗い。その先の、元の明るさを取り戻した場所で十数名のコマドリ隊員が犇くようにしているのが見えた。先ほどまで続いていた銃声が止み、代わりに隊員達の怒声が聞こえてくる。
「っぐぁああっ」
駆けつけたシン達の前で、もつれ合うようにして二人の人物が倒れこんできた。大きな声を上げ、動きを止めた男を床に押さえつけていた一人の男が素早く立ち上がり、姿勢を低くして床を蹴る。瞬く間にその男は周囲にいたコマドリ隊員達の手を潜り抜け、時には避けてそのまま投げ飛ばし、ドーム内に入り込んだ。
(早い……!)
背は百八十五程あるだろうか。筋骨隆々といった訳ではないが、がっしりとした体格をした黒尽くめの男だった。だがその動きは体重を感じさせない程に滑らかで、まるで静謐な水の様に静かだ。
(隊長格か……?!)
素早い、素早すぎる男の挙動に目を見開き、一瞬後にシンはその後を追って地面を蹴った。。
「……っ」
他の隊員によって足止めされているところに走りより蹴りかかる。それを男は難なく掌で受け止めて流し、代わりにシンの襟首を掴むと流れるような動作で勢い良く投げ飛ばした。
「……っぐ!」
片手を床に叩きつけるようにして素早く体勢を立て直す。
再度床を蹴って技を繰り出そうとしたその時、ガタン、とドーム全体が揺れた。
突然の衝撃に咄嗟に再度手を床について、体制を保つ。通路の先に立っていた男も一瞬足元をふら付かせ、何事かと自らが突破して来た入り口へと視線を向けた。大きく開けた外へ向かう通路の先、明るく照らされた夜の風景がゆっくりと下へ下降している。その動きは段々と加速していく。
「時間切れか……!」
男が小さく声を漏らし、そしてシンへ視線を向けて苦笑を浮かべる。黒い襟足の長い髪と、深い藍の瞳。
「……本当は、お前さんも標的なんだが、こうなってくると予定を変えざるを得ないなぁ」
「……」
「今日は早々に退散しよう」
そう口にしてから少し口の端を上げ「まぁ、報酬分、最低限の事はやっていくが」と続ける。
目を見張り、身構える十数人の隊員達とシンの前で、男は危機感など全く感じさせない素振りで数度自身の癖の無い黒髪をわしゃわしゃと掻く。
その次の瞬間――
「……っ!?」
瞬時にひらめく白光。
それが抜き身のナイフだと気づいた時には、男の前に立っていた隊員二人が次々にうめき声を上げ立て続けに倒れた。
男へ掴みかかろうと隊員達が床を蹴るが、男のスピードに追い付かず後手に回る。

離陸しだした艦の中、ナイツ『ノワール』隊長アランは出口を背に、さらに内部へと走り出した。

 

 

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