Read Article

覚醒する美神

「間に……合わなかった」
二人の眼前で倒れこんだキメラは、するすると小さくしぼみ、小さな少女の形をとる。倒れ伏したままピクリとも動かないその手には、もはやアラストールは握られていない。
感じるのは、低い振動。世界がはるか深みから揺り起こされるような、低い鳴動。
「ふ、はは……」
不意に背後から聞こえてきた笑い声に振り返る。
「よくやった、キリエ」
倒れ付した少女の躯に微笑みかけたナイツ総長エミールは、その少女を抱き起こすこともせずに、悠然とニナの前に歩み寄った。
さらに高まる詠唱。
赤く輝き出す文様。その文様が「魔法陣」と呼ばれるものだと、シンは記憶していた。だがそれは大崩壊以前の機械文明の、さらに前に栄えた古代の技術で、そんなものが機能するなど聞いたこともない。それは一種の呪術の一つで、実際には効果を発揮する事のない呪いの類のはずだった。
だが、今その文様は確かに息づいている。まがまがしい拍動と共に、その中心に位置する存在に命を吹き込んでいる。
そして、二人の視線の先で、ゆっくりとその少女の見開かれた瞳に光がともった。
「いけない・・・・・・!! 」
巨大すぎる力の高まりに、カインはとっさに自身の力を解放した。
星の瞬きのような粒子のきらめき。カインの体を取り囲む巨大な羽根。
「ああああああああ!! 」
腹部の傷から血が吹きこぼれるのもいとわずに、カインはありったけの力を右腕に集める。
浮き上がった体からエネルギーがほとばしり、シンの視界を埋め尽くす。
(・・・・・・カ・・・・・・イン)
人ではない、未知の生物。
その美しさと脈動に息をのむ。
エミールの指示によって撃たれた兵士たちの弾も、カインの放った圧倒的な熱の前で消し炭になる。
カインは一瞬苦しげにうめいて、体中の力を剣に乗せてニナに切りかかった。
だが。
「ああああああアアアアアアッ!! 」
次の瞬間少年とも少女ともつかない叫び声があがり、ニナを中心として膨れ上がった力がカインを吹き飛ばした。
とっさにシンはカインに駆け寄り、吹き飛ばされたその体を抱きとめ、その視界の先で起こりつつある巨大な力の覚醒に目を奪われた。
赤い――禍々しい光の中に、漆黒のきらめきを纏った細い体が浮かび上がっていた。その肢体の周りを取り囲むのはカインの羽根とは対照的な黒い蔦。
圧倒的な威圧感をもってピンクブロンドの少女が二人の前に舞い降りる。エミールが狂ったように笑い、兵士たちが熱にやかれ、悲鳴を上げながら燃えつきてゆく。
その光景は地獄のようなのに、どこか幻想的だった。
「――シン、ごめん、……おこして」
「っ・・・・・・」
シンの腕のなかで、か細く息をついていたカインがそういう。
驚き、その顔を見つめる。だがシンを見上げてきたカインの瞳は、ゆらゆらとどこか虚空をみていた。
(目が・・・・・・)
目の焦点が合っていない。
無言になったシンの様子に、カインは少し困ったように苦笑して見せた。
「立たせてくれれば、後は何とかするから」
「む、ちゃだ・・・・・・」
声がふるえる。目の前で復活を遂げたディーヴァに、カインが打ち勝てるとは到底思えなかった。暴風の様に圧倒的な力はその場にいるすべての人間の心を竦ませる。
呪文を唱えていた者たちの姿は、いつの間にか掻き消え、今この場所にいるのはシンとカイン、そして倒れ伏すキメラの少女と狂ったように笑うエミール。そして目覚めしディーヴァだけだ。術者たちは逃げたのではない。文字通り「掻き消えた」
(――死)
その一文字がシンの思考を塗りつぶしていく。何も考えられない。
「――大丈夫だって。・・・・・・何とかなる」
そのシンの心を察したのか、ニイ、とカインはその口元に笑みを浮かべて見せた。
「無理だ、ここは一端引くべき・・・・・・」
「んな時間ないだろ」
「っ……」
強く、諭すような口調。黙り込んだシン瞳を見つめる様に顔をあげ、カインは再度「そんな時間、ない」と低く口にする。
「早く起こせ。大丈夫だから」
「・・・・・・っ」
揺らがないカインの声に、シンは唇をかみしめ、その言葉に従う。シンに支えられて立ち上がったカインは、苦笑を口元に張り付かせて自身の腰を押さえると、「よっと」と小さく声をあげてその体を宙に浮かせた。もう足が使いものにならないのかもしれない。
「いいか、俺がニナをくい止めている間に、できる限りの人間をこの塔から連れ出せ。そんでできる限り遠くまで逃げろ。正直、この規模はまずい」
「・・・・・・だが、おまえは・・・・・・」
「何とかなるって、いっただろ」
笑ってカインはシンの肩を叩く。その視線は、今にも襲いかかってきそうなニナから逸らされることは無い。
「此処に居る奴らを、コマドリの皆をできる限り救ってくれ。お前だけにしか頼めないんだ」
「……っ」
「大丈夫だって。俺だって、今の俺がアレに勝てるとは思ってない。時間を稼いだら、脱出するから」
そして一言そっとつぶやく。
「・・・・・・おまえの気持ち、うれしかったよ」

でもごめん。

「・・・・・・っ」
拒絶の言葉が容赦なく胸に突き刺さり、シンは呻く。だがその痛みを噛みしめている時間など、ない。
「さっさと行け!時間ないぞ!」
「必ず、必ず戻る・・・・・・! 」
その言葉に、一瞬振り返ったカインが小さく笑って首を横にふり、そしてニナへ向き直った。

 

 

ドオン、と足下の床がひび割れ隆起する。
シンはざあっと転がるように落ちてきた小さなキメラの少女を抱き止め、墓地を後にする。
赤い炎。崩れ落ちる通路。
巻きあがる熱と炎で喉が焼け付きそうだった。
「リズ、フレイ!!応答してくれ!!」
どうにか息のあるものをその背に抱え、階段を上がりながらコマドリへコンタクトをとる。すると暫くしてブッというノイズとともに、回線がつながる音がした。
「シン君無事!? 」
「これから塔を離脱する!コマドリも至急塔から離れてくれ」
リズの言葉を無視して急いで用件のみ伝える。
リズが息を呑んで了承した旨を伝えた。聞きたいことは色々ありそうだったが、とっさに空気を呼んだらしい。
「判ったわ。今からエンケを一機、屋上に向かわせるから、それを使って脱出して」
「判った」
通信を切り、シンはあたりを見回す。
崩れ落ちる階段をかけあがると、今きた道から巨大な力がぶつかり合う音が聞こえた。
「なん・・・・・・なのよ、これは」
リズは目の前の光景に息を呑んだ。
視界の先で赤い炎を巻き上げるビルの群を見つめる。ひときわ大きい塔、ヴァーラスキャルーヴも、その激しい炎の中に飲み込まれようとしていた。
コンソールに触れた指先は冷えてかじかむ。それは気温のせいではない。
一機、また一機とコマドリ隊員たちがシンの指示でこちらに帰還してくる。
「マナの・・・・・・マナの固まりだ」
呆然と傍らでフレイがつぶやくのが聞こえた。そして自身の指先を見つめ、呆然とつぶやく。
「マナが、戻るのか・・・・・・」
マナって?
そう聞き返す前に、ドオンと大きな爆発音が響く。
はっとして窓の外に視線をやれば、塔全体を包み込むような巨大な黒い陰が、うねるように立ち上がった。
静寂の中で不気味に迸る黒き奔流。
「・・・・・・!!! っ、ひけえええええ!!」
フレイがはじける様に叫ぶ。
「ぐううううううううううううううっ!!!!」
その言葉にジェフが限界まで船の面舵を切る。
びしりと音がはじける様に大地に亀裂が走り、赤い炎が大地の裂け目からふきあがる。
(何・・・・・・なの何なの何なの何なの!!)
膨れ上がる巨大な黒い力。
敵味方ともに吸い込まれる用にその力に飲み込まれる。
(逃れられない・・・・・・!)
はじけた力に、ブラックホールに飲み込まれるようにコマドリの船は成すすべもなく、引き寄せられる。
「きゃああああああ!!」
「くっそおおおお」
ジェフが叫ぶ。
フレイが諦めるなと吠える。
死という言葉がリズの脳裏をよぎる。

次の瞬間、膨れ上がった力の中に何もかもが飲み込まれていった。

 

 

PREV | NEXT
Return Top