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足掻く者たち

臆病者以外の何者でもないと、カインは自分を嘲笑った。
要領がいい、飲み込みが早い。そんな物、ただ一人で生きてきて身についた後付の単なる特技だ。笑顔を作って孤児の皆の世話を焼いてやる事がただ一つのアイデンティティーだった。ただ笑顔で居る事が、穏便に事を済ませられて楽だったからそうしていた。シンに記憶を読まれて激昂したのはそれら全てを読まれたせいだ。自分の卑劣な部分も情けない部分も、せせこましく生きてきたその全てをあの無垢な目で見られたからだ。そうやって生きてきたのは自分なのに、その後ろめたさをアイツのせいにした。
コマドリに連れて行かれた時だってそうだ。自分を知るためだなんて自分を納得させて、ただ身の振り方をリズ達に委ねた。
本当は、途中から痛い程気づいていた。彼らと居る空間が自分にとって優しくて、いつの間にか離れ難くなっていただけなのだと。
(情けなさすぎだ……)
記憶がない不安などなんて事ないことだ。たかが数年幼少期の記憶がなくても、こうやって生きていけている。――そう思い込んで、本当は大きく膨れあがっていた不安や心細さを押さえ込んでいた。見ないふりをしていた。
本当はそんな強い自分なんてどこにも居ない。内側から自分を浸食する様にわき上がる、黒い記憶に不安で不安で仕方がないのに気づかないふりをした。平気だと笑って自分を騙し込んだ。

……復讐者。

内側からこみ上げる黒い記憶。それは確かに自分が見ないふりを続けていた過去の記憶だ。だがそれとは違うもう一人が内側から叫び続ける。誰でもない、もう一人のまごう事なき自分自身が、怒り狂っている。

思い出せ。目を閉じるな。
透明で居たい、ただの人でありたいなど思うな。お前はもう汚れきっている。
――目を、背けるな。
「……はっ」
操縦桿を握り直す。こんなにも自分は弱くて、腹の底から笑えてきた。
自分はうたれ強いだなんて、なんて馬鹿らしい勘違いをしていたんだろう。
それでも、透明でいたい。
濁りたく、無い。
その気持ちは本物だったから。

藍闇が迫る。
ナイツがのった戦闘艇が自分を補足する。

「うあああああああああああっ! ! ! !  」

逃げない。

低く吠えてカインは剣を抜き放ち、その中へ突入した。

 

 

シンの援護によって統制されたエンケが、背中に目があるかのような動きで次々と敵を撃墜し旋回する。
(あの目をあんな用途で使うなんてな)
神の目。そう呼ぶに相応しい力だ。双子の片割れがそれほどの能力を隠し持っているなんて気づかなかったな、とフレイは口元に笑みを浮かべた。
「エドナー隊そのまま撃墜しつつ突っ切れ。指揮はシンに任せる。その他部隊、主砲へ急げ! 」
インカムに向かってそう叫び、フレイは視線を隣へ向けた。
深い艦長席で身を縮こまらせるツインテールの年若い女。爆音の度に小さく体を竦ませるその姿は、今までこのコマドリを率いてきた女性の姿にはとても見えない。
「やっ……ああああ」
「目を背けるなよ」
俯きかけた顔を、髪を掴んでぐいとモニターへ向け一面に広がる夜空を見せつける。一機、また一機と落ちてゆく戦闘機。すぐさま別働隊へ回収連絡を手短にする。
「あ、あ……」
がくがくと小刻みに震える体。
兄と多くの仲間を先の戦闘で失ったと、自分を呼んだジェフに聞いた。
(この女には荷が重すぎたか。……いや)
「目を背けるな。前の戦いで死んだのもお前の仲間。今戦っているのも、お前を信じてお前を愛して戦っている、お前の仲間だろ」
「む、無理……よぉ……あ、あたし、誰も、助けら……れ」
ウオーターブルーの瞳が涙でゆがむ。
リズを助けてやってくれ。そう言ったジェフの姿を思い出す。今彼は動力室でこちらの主砲の準備指揮だ。
(助けてやってくれ、……か)
難しい要求だとフレイは口元を歪める。
本当にこの女を助けようと言うのなら、今すぐこの船から降ろして心休まる場所に連れて行ってやるべきだ。
だが、彼らの言う「助ける」はそういう意味ではない。艦長としてもう一度自分たちの前に立ち、笑顔を取り戻してくれる事を望んでいるのだ。
「ただ笑っていてくれさえすればいい」――そんな優しさとは違う。だがそれが現実だ。
(重いな……)
たかが二十歳の娘に掛けなければならない期待なのだろうか。自分が肩代わりしてやればそれで救われるのではないだろうか。そうジェフに話しを持ちかけられた時には思い、いや違ぇな、とフレイは自分の考えを否定した。リズは艦長としてこの場所にいたのだ。艦長として皆を率いてきたのだ。途中で降りる事が彼女にとって最善だとは思えない。
「いいか、目をそらすな。焼き付けろ。俺はサポートに入る。俺を足で使ってもいい。……だが、艦長を投げ出すんじゃねぇ」
「……っ、お兄様……みんな……」
「みんなお前を艦長だと認めて付いてきてんだ。そんくらい、わかってんだろ」
その言葉にリズはしゃくり上げながら、戦場に目を戻す。
「うるさい……! ! あんたに何が……っ」
そして奥歯を噛んでそう言はなち、リズ視界の先の藍を睨み付ける様に見つめた。
(これでいい)
俺が守るのならば、守るべきは彼女の矜持だろう。
そう思った。
だがその時、ロビン内にユッカの声が響く。
『左舷教会ビル後方より、巨大飛行艇出現! ……っニケです! 』
「くそっ! 予定より早ぇ……! 」
フレイはうめく。主砲が破壊出来ていない。このままでは挟み撃ちになる。
――戦況は不利な方へ逆転しつつあった。

 

 

「じゃまよ! どきなさい! 」
教会ビル側面を回り込む階段を、屋上へ向けて駆け上がっていたサラは、自身の脇を抜ける様にして現れた教会『リシュヴェール』の飛行艇に歯噛みし吐き捨てる。
「お前達に好きにされるなんてまっぴらよ! 奪うのはわたくしの目だけで満足なさい! 」
そう叫ぶと「ザキ急ぐわよ! 」と脇を走っていたザキの機械の腕に飛び移る。
「開けた所に出たら、鼻っ面向けて思いっきりの力をお見舞いしてやるわ」
「……サラ様……」
クスクスと笑うサラの様子に飲まれた様にザキが口ごもる。
「さあ、早く屋上へ急ぎなさい! 」
堂々と言い放つ生粋の、だがバイオレンスなお嬢様にザキはそっとため息をつくと、サラの体を肩の上へと抱え上げしっかりと右手で固定する。
「ブーストを掛けます。しっかりお捕まり下さい」
そういって、両足に仕込んだブースターを起動させる。
ブゥゥゥウンと低い振動。
だが加速を開始しようとしたその時、空中で鋭い光がはじけた。
ドォォオオオンと、辺りに響き渡る爆発音。
その巨大な力に、サラが目を見開き、そしてその美貌を険しく歪める。
閃光。
闇を切り裂く。
残酷なまでに――――――鋭く。

少女は瞳を見開く。
叫ぶ。
「―――ふざけないで……アンタなんか呼んでないわよおおおおおおおお! ! 」

 

 

 

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