EPISODE3: 泣けない封術士と過去の棘 – マカロン!

 なんだろうこれは。
 フレイは今の状況を客観的に見てみようと意識的に努めてみた。
 時刻は午前十時過ぎ位だろうか。
 場所はエバンズ一家の母屋の客室。フレイに貸し与えられている部屋だ。
 その客室のベッドの上に寝間着姿で身を起し、フレイはクリスに棒アイスを突っ込まれていた。
 念の為言うが、もちろん口にだ。上の口だ。下の口などない。
 色々とありすぎて精魂共に疲れ切っていたフレイは、クリスによって森から連れ戻され、現在またエバンズ一家で強制療養に入っている。
 亡刻の森で、そのシリアスクラッシャーぶりを発揮したクリスは、得意のワイヤーで騎士団の副総長に亀甲縛りをかました。
「エバンズ一家を敵に回さない方がいいですよ」と笑顔で彼を脅し、彼の部下に大きなじゃらじゃらと鳴る袋を無理やり握らせていたので、フレイはとりあえず見て見ぬふりをした。
 ロキともその場で分れた。
「別の方法を探すしかねぇか」
 そう言ってため息をついたロキは、「また顔を見に行く」と頼んでもいないのに言ってきて、何故か周りに見せつける様にフレイにキスをして去って行った。もはや挨拶のようなそれに特に何も感じないが、衆目の前でそういう事をするのは本当に趣味が悪いと思う。
 去り際ロキはクリスに無言で光弾を放っていったが、完全に魔術が効かないという特異体質中の特異体質のクリスの前で、その弾は掻き消えた。
「失礼な人ですねえ」と笑ったクリスの笑顔は、笑顔に見えなかった。
 帰路の記憶は断片的だ。
 一つ思い出せるのは、情報屋が居眠り運転で事故った事位だろうか。情報屋に大した怪我もなかったし、幸いフレイはクリスの運転する車に乗っていたので、彼を途中で置いてクリスと二人で列車に乗った。事故処理は騎士団の連中が何とかしただろう。
 あとはロエナに付くまで、ずっと列車の中で寝ていた。
 ロエナ行の夜行列車。静かに休みたかったので行きと同じ個室タイプを選び、向い合せで座席に腰を落ち着けた。足を組んで、腕組みをし、とりあえず寝ようと目を閉じたが、 あんな派手で、生死を左右する出来事があった後ではそう簡単には眠れない。
 高ぶった気持ちを落ち着けようとひんやりとした窓に頬を寄せ、流れていく外の景色をぼんやりと眺めていたら、ガラスに向かい席で眠るクリスの姿が写っている事に気付いた。
 何故この男はこんなところまで追ってきたのだろう。
 ルディの事なら、元々の原因はフレイにある。少々無茶をした自覚はあり、多少心配をさせてしまったようには感じる。だが心配だという気持ちだけであんな辺境の森まで、十数時間の旅をしてくるだろうか。
(相当のお人好し、とか)
 ガラスに写るクリスを眺めながらそう考える。
 俯き目をつむるその鼻筋はまっすぐ綺麗に通っている。薄い唇は僅かに開かれて寝息を立て、滑らかな頬には綺麗に整えられた銀の髪が、さらさらと零れ落ちている。
 何となく、もっときちんとその顔が見たくなって、ガラスに寄り掛かったままクリスの方に視線を向けた。
(そういえば)
「あなたはもっと甘えた方がいい」とこの男は言っていた気がする。
 フレイの冷えた手を大事そうに握って。
(良く眠れたな、そういえば)
 指先を温められ、母親の様に心配されて、なんだかとても満たされた気分になった。
 その骨ばった男の手に頬を寄せて寝てみたところ、大層温くぐっすり眠れたのだ。
 あの温もりがもう一度欲しい。
(いやいやいやいや……男だろ)
 浮かんだ気持ちに自ら突っ込んでみるが、散々ロキに弄られておきながら今さら「男だ、女だ」言っている自分もおかしい気がする。
 そう考えれば、いてもたってもいられなくて、フレイはさっさとやりたいことを実行に移した。
 具体的には、クリスの隣に座りなおして、組まれたその腕を無理やり解いた。そしてその右手自身の左手を重ね、指を絡めた。
 正直拒絶される可能性も浮かんだが、拒絶するのなら、そもそもこの男から手を握ってこないだろうし、手に頬を寄せて眠る事も許しはしない筈だ。
 このくらいなら大丈夫。きっと。
 案の定、フレイの行動に何事かと目を覚ましたクリスは、繋がれた手と、頬杖を突きながらクリスを見るフレイを見遣り、「眠ったほうがいいですよ」と笑って、フレイをその胸に抱き込んだ。
 そこから先は延々寝ていた。
 気が付けば列車はロエナに着いていて、欠伸をかみ殺しながら二人で大通りを歩き、何とかエバンズ家にたどり着いた。殆ど寝ながらシャワーを浴び、部屋に引っ込みまた寝なおした。
 そして、目が覚めて今の状況である。
「ん」
 とりあえず口の中で溶けた分は舌で舐めとる。
 視線でどういう事だと問えば、どうぞとクリスはアイスを手渡してきた。
「表で売ってたので買ってきました。ピスタチオも好きですよね」
「うん」
 その通りだったので素直に頷く。ヒンヤリと溶けたアイスが喉に気持ちいい。
「今朝起きてから考えてたんですけど、こういうのが好きで」
「ん?」
 こういうの、の意味が解らず、眉を寄せながらアイスをかむ。
「美味しいですか」
「うん、美味い」
「それ、中に別のクリーム入ってるんですよ。外がピスタチオで、中がバニラとラズベリーのミックスなんです」
「やっべ、まじだ」
 アイスの噛み口を見れば、鮮やかな黄緑の中に、白と赤のクリームが入っている。味わう為に再度アイスを齧ってみれば、ピスタチオの滑らかさに、ラズベリーの酸味が丁度よく、思わず口元が緩む。
「あ、それです」
「んん?」
「そういうのが好きです」
「…………」
 クリスが言った意味を、アイスを齧りながら考える。
「食ってるのを見るのが好きなのか。エロい奴だな」
「あ、はい」
 はいじゃねえよ。
 思わずじと目で睨んでやれば、ベッドサイドに腰掛けたクリスは笑いながら、膝に置いた袋から更に何かを出してくる。
「フレイさんって、甘いものを食べている時、凄く幸せでしょう?」
「おう」
「その幸せそうな顔を見るのが好きです」
 はい、こっちはマカロンです。マロンと、レモンと、ええとこれは何だっけな。
「……」
 夏の蒸し暑さにかぶる気にもなれず、足の横でくしゃくしゃになったブランケット。
 その上に一つ一つ置かれていく色とりどりの菓子を見ながら、フレイは言われた言葉をピスタチオの味と共に咀嚼した。
「だから、その幸せそうな顔を引き出すのも好きです」
 これがベリー・ベリー新商品の、フランボワーズタルト。後で切って持ってきますね。
「…………」
 告げられた言葉があまりに恥ずかしすぎてじわじわと頬に熱が集まる。どこに視線をやればいいのか解らず、とりあえずベッドの上に置かれたマカロンをぐるぐると見る。
 赤、黄色、紅茶色。
 耳まで赤くしたフレイが動揺する様子を見ながら、クリスはさらに追い打ちを掛けていく。
「そうそう、昨日電車で寝てた時に、その幸せそうな顔が出る、もう一つのパターンに気付きまして」
「……なんだよ」
 ぶっきらぼうな問いかけ。
 クリスはその水色の瞳を細め、にやりと笑う。
「俺にくっついて寝てる時です」
「……っ! はああ? 何言ってんだ恥ずかし……っ」
「おや、垂れてますよ」
 不意にアイスを握っていた手を掴まれて心臓が跳ねる。
「えっ、あ」
 手首から肘にかけて、一筋流れ落ちていた黄緑色のクリームを紅い舌が舐めとっていく。
 下から、上へ。
「……っ」
 フレイを見つめながら、むき出しの白い腕を舐めあげ、クリスが視線だけで笑う。
 その視線に、ぞくりとフレイは背筋を震わせた。
(やばい)
 飢えた肉食獣の目をしている。
 このままではふしだらな事になりかねないと、フレイは慌てて掴まれた腕を引く。
 だがそれ以上の力でもって、その体はベッドに引き倒された。
 弾みで指先からアイスが滑り、フレイの顔のすぐそばに転がり落ちる。
 それにフレイが気を取られた一瞬をついて、フレイの口は噛みつくように塞がれる。
 早急に舌先がふれあい、濡れた音を立てる。
「……っ、ふ……っ」
 絡められた舌と舌の間でピスタチオの味が溶ける。
 クリスの右腕がフレイの腰をぐい、と抱き込む。
 いつの間にかベッドに乗り上げたクリスがフレイの足の間に膝を入れ込み、更にかがみこんでくる。口付けが更に深くなる。
「……んう」
 不意打ちに文句を言おうにも、口腔内を酷く丁寧に舐められ声も出ず、更に口付けを深めようと首筋を持ち上げてくる腕に眉根を寄せる。
 苦しい、だが酷く気持ちがいい。
 背中側からシャツをたくし上げ、何度も何度も腰を撫で上げるクリスの大きな掌に、感じ入ったフレイがその紅い瞳を伏せ、体をびくつかせる。
 鼻にかかった甘やかな声が漏れ、それに気づいたクリスが、フレイの口を塞ぎながら小さく笑った。
 カチンと来て、唇が離れた合間を縫ってフレイは抗議の声をあげる。
「ちょっと、まだ、朝だろ……っ、あ」
 あっと言う間に胸の上までシャツを引き上げられ、腹や胸に吸い付かれる。好青年のふりをして相当な手練れだ。
「あれ、朝じゃなきゃいいんですか」
「爛れすぎ……」
 クリスの言葉に答えずフレイがそう呟くと、クリスは苦笑してフレイの潤み切った目を覗き込んだ。
 首の後ろに差し込んだ指で、後頭部の髪を梳くようになでれば、気持ち良いのかフレイの口元に笑みが零れる。
「――――さっさと食べておけばよかったと後悔したので、食べられる時にいただいておきますよ」
「……なんの事だ?」
 クリスの呟きに、フレイが首を傾げる。
 だがその時、足元で乾いた音がし、フレイは目を見開いた。
「クリス、ちょっと、マカロン……っ」
 フレイとクリスの間で潰れつつある菓子に、慌てて声を上げる。
「大丈夫。マカロンはつぶれても美味しいですよ」
「おまっ」
 フレイが目をむき文句を言いかける。
 だが本格的に食べに掛かったクリスの手で、それもすぐ嬌声に変わる。
 色とりどりの菓子は、二人の間で潰れ、零れた。

PREV | NEXT