Episode1: 謎めく封術士と水の街 - 侵入

夜半。
家々の明かりは消え、幾分光量の抑えられた街灯だけが橋や道にそってぽつぽつとあたりを照らしている。
昼夜の寒暖差が激しく空気はいっそう冷え込み、マントを通しても伝わってくる寒さに紅い髪の青年、フレイは身をすくませた。
吐く息が白い。厚い皮手袋の下でさえ、指先はかじかんで感覚が鈍くなっている。
「くそ……開かねえ」
町長の屋敷。玄関の門から巨木を回りこみ、奥まった場所に位置する裏口の錠前と格闘するのを一時中断して、顔を上げる。
表通りを一応確認するが、夜も更け人が通る様子はない。
「吹っ飛ばすのは最後の手段だしな……」
イライラとした表情で腕を組み、かがみこんでいたせいで疲れた首をコキコキと回し思案する。その拍子に目深に被っていたフードが背の後ろに落ち、紅の髪が露になった。
「……」
その少し長めの前髪をひと房つまみ上げ、数瞬それを見つめてから、フレイは「フン。」と鼻をならすと忌々しげといった様子でそれを後ろへかき上げる。
そして首元で結び、フードの中にしまい込んでいた長い髪をマントの外に引きだし、後ろへはらった。
(ったく、やけに頑丈な鍵つけやがって)
再度鍵の前にかがみ込む。
ドア自体が重い鉄板製で、錠前の回りだけを焼ききるということも出来そうに無い。
「……吹っ飛ばすか」
めんどくさいし。
そんな理由でひそかに屋敷に忍び込む事をあっさりと諦め、フレイは立ち上がると数歩後ろへと下がり、右手を前へ突き出した。
聞き取れるかどうかという低い声で呪文を詠唱する。
急速にその掌に熱が集まり、現れた小さな魔法陣から光の球体が生み出されたその時、
「それ、外しましょうか?」
突然現れた気配にフレイはその場から飛びのくように振り返った。
光球がエネルギー源を失い四散する。
裏口のあるこの裏通りの入り口に人影が一つ。かなり背の高い人物だとその影の長さからもわかる。
フレイの鋭い視線を気にすることなく、その人物は裏口の前まで歩み寄り、その前にかがみこんだ。
「あんたは……」
「ちょっと待ってくださいね。ほら、開いた」
何処からか細い金具を取り出し、その背の高い男はそれを鍵穴へ差し込み僅かに動かした。
途端ガチリと重い音が響く。
鍵が開いたのだ。
そのことに目を見開きフレイはその男を凝視する。
その視線に気づきその男は振り返ると、微笑み立ち上がった。
表通りから漏れてきた僅かな明かりが、彼の横顔を浮かび上がらせる。
高い身長に、銀の髪と青い瞳。
「僕も気になってたんですよ。何分会社勤めなものですから、どうにかしないとお給料もらえないですしね」
 そんな言葉に眉を寄せる。
「どう見てもただのリーマンじゃないだろ」
「そうです?」
「普通、ただの会社員は鍵を三秒で開けたりしないぞ」
胡散臭そうに眉を寄せながら自分を見上げる視線に、男は「趣味なんですよ」と言い、微笑む。
(……あぶねえ)
 その笑顔に、フレイは自分のしようとしていたことを棚にあげ、瞬時に男をあぶない奴だと決め付けた。
そんな青年の、考えている事を包み隠さない表情に男は苦笑して口を開く。
「いや、本当にただの不動産勤務の会社員なんですけど、実家がこういう、ね」
「盗賊か。手癖悪いな」
「失礼な。義賊ですよ」
 フレイの言葉をすかさずいい直し、重要な所ですよと男は言う。
 フレイからしてみれば、盗賊も義賊も、盗人であることは構わないし、目の前の青年が胡散臭いことにも変わりはない。
胡散臭いという思いは全くといっていいほど消えないが、あっけらかんと笑う様子に、今のところ害はないだろうと踏んでフレイは警戒をといた。
「じゃ、行きましょうか。一人より二人の方がいいですし。足手まといにはなりませんよ。」
「はあ?」
どうやら共に忍び込むつもりらしい。
「いつまでもここに居るわけにもいきませんよ」
 そういって男はドアに手をかけて、ふと何か思い出したように振り返り片手を前へ差し出す。
「クリスといいます」
「……」
 差し出されたクリスの手を僅かに瞳を見開き見つめ、その手を無視して一言、自分の名を告げる。
「フレイ」
「よろしくどうぞ」
クリスは空振りに終わった手を引き、肩をすくめて笑って見せた。

屋敷はひっそりと静まり返っていた。
裏口を入ってすぐ右手は使用人たちの詰め所らしく、寝返りをうつような気配を感じる。視線を交わし、窓から差し込んでくる街灯のオレンジの光を頼りに廊下を走り抜ける。
目指すは地下。水の枯れた原因は水源にあるだろうとクリスは踏んでいて、目的はわからないが、前を行く紅い髪の青年も同じ場所に向かっているのは確かなようだ。
下り階段を見つけ人影が無いことを確かめてから先へ進む。
裏口と玄関があったのが屋敷の二階。一階は橋の下の部分にあたる。そしてそのさらに地下に部屋をつくり水源を管理しているらしい。
二人が降りた階は実質的に地下扱いで、木造だった壁はそこからは補強のためか石造りになっていた。薄暗い土の香りのする廊下。ごく間近から水の流れる音がきこえる。
(退路はあっちか……)
立てたコートの襟に顔を潜めるようにして、クリスは廊下の先に視線を移動する。
このフロアの西側に川岸にでる為の出入り口があることは確認済みだ。
絶え間なく水の音が聞こえてくる右手の廊下奥に視線をやってから、クリスは隣の青年に目を向けた。家宅侵入などをやってのけているというのに、被っていたフードは取り払い、顔を隠す様子もない。
そもそも魔法でドアを破壊しようとしていたのだから、見つかることを想定した上での進入かもしれない。
(まずったかな)
彼が良くても自分は見つかったら困る。
一人なら見つからない自信はあるが、もし見つかったら魔法で脅されたとでもいおうかな。とクリスは考え、その考えに苦笑した。
足を川岸への出入り口とは反対に向ける。そう遠くないどこかに地下への階段があるはずだ。
カツ……
「……っ」
足を踏み出した途端、フレイの靴底が音を立てた。
石壁に反響してその音は奥へと響いていく。ひやりとしてクリスが視線を向けると、フレイも同じだったのか顔を強張らせ硬直していた。
ちいさく息を付いてから、注意深くまた足を進めだす。
(そういえば……)
「……飛べばいいんじゃないですか?」
彼がバジリスクを撃退する時に飛翔呪文を使っていたことを思い出し、クリスは目の前を行く背中にささやいた。
バジリスクを足止めした魔法の威力を見れば、魔術機関等の階級章さえ付けてはいないが、彼がそれなりに実力のある魔導士であることはわかる。飛翔呪文を持続して使うことくらい難しくは無いはずだ。
だがクリスの言葉にちらりと振り向き視線を返すと、フレイは首をふった。
「魔法はまだ駄目だ。気づかれる。出来るだけ接近したい」
一言そういい、彼はまた慎重に足を進めだした。
(気づかれる? ―――誰に?)
別に音がでるわけでもない。
全くの無音で、逃げる際にも素早く動くことができるはずだ。そうクリスは首を傾げたが、恐らく彼は自分の知らないことを知っていて、何か考えがあるのだろうと、とりあえず何も言わずにその後に続く。
どこかで水滴が一定の間隔で落ちる音が、いやに大きく響いていて、せかされているような気分になる。
(ブランクは、それほどないのだけど)
忍びの技術は体が覚えていても、精神面は久々の状況にあまり付いていけていないようだ。
暫く二人は壁伝いにあるき、やがてほぼ突き当たりに位置した木造の重いドアを開いた先に、地下へ行く石段を見つける。
ドアを開けた途端、今まで遠かった水の音が大きくなる。
先ほどと同じように周囲を確認した後、足早に石段を駆け下りた。
階段で挟み撃ちにでもされたら事だ。
(ん?)
階段を下りた途端、足元に土の感触を感じる。
水分の吸収性を高めるためだろうか。そろりとクリスが足を動かすと木の板らしきものにつま先が当たった。むき出しの地面の上に板を渡しているのだろう。階段を駆け下りる際無意識に止めていた呼吸を再開すると、湿った土の匂いが鼻についた。
目を凝らす。
暗闇に慣れてきてはいたが、上のフロアとは違い光源がどこにも無く、殆ど何も見えない。
ただくぐもった水の音だけが辺りをつつみこんでいて、クリスはちらりとフレイの様子を伺った。
と、そのとき、
「……待ち伏せですか」
「……」
人間の気配。それも複数。
(逃げるか)
今ならまだ間に合う。
上ってきた階段にクリスが意識を向けたその時、
「ここまできたなら、もういいか」
そう呟いたフレイが突然掌に光球を生み出し真上へ打ち上げた。それは勢い良く天井ちかくで弾け、四散する。
「!」
フロアが突然砕け散った光の破片に照らされ明るくなり、クリスはその眩しさに、咄嗟に瞳を腕でかばった。
眩しかったのは待ち構えていた人間たちも同じ。いや、クリスよりもまともにそれを目にしてしまったらしく、瞳を押さえてうめき声を上げている。その数十数人。どうやら屋敷の人間達のようだ。
「あなた、何して……!」
逃亡にわざわざ明かりを煌々とつけることも無いだろうに、とクリスがいまだ突然の明るさにチカチカとする瞳を細め、隣に立つフレイに視線を向けた。
だがその横顔に浮かんだ表情に気付き、クリスはフレイが見つめる視線の先に目をやった。
「こいつに出来るだけ気づかれない様に近づきたかったんだ」
「これは……」
「魔物は魔力を感知しちまうからな。魔に魅入られた奴らにもそれは伝わっちまうから、できるだけ刺激せずに、こいつの傍に行きたかったんだ。とはいえ、アンタがドアを開けてくれなければ強行突破しようとも思ってたんだけどな。」
フレイはそう言って口元に不敵な笑みを浮かべる。
その合間にもシューシューと何かが溶けるような音がフロアに響きだし、水の音を掻き消すほどにそれは大きくなった。
「……なるほど、そういうことですか」
正気を失い、虚ろな目をこちらに向ける使用人たちの背後で、巨大な花がそのグロテスクな茎を持ち上げようとしている。
(魔物化……?)
 可憐な姿は見る影もないが、勘違いでなければあの花はファルナの花に似ているとクリスは思った。
「ちっ、スッカリ魅入られてやがる」
じりじりと背を曲げた異様な体制で近づいてくる使用人たちに、面倒そうな視線をむけフレイは毒づいた。その中には身なりのいい初老の男性の姿も見える。恐らく町長だろう。
先ほど打ち上げた光球は、解呪作用のある神聖魔法の一種だ。
ある程度の呪縛であれば、光を目にすれば解けるはずなのだが、どうやら効き目は薄かったようだ。二人程呪縛を解かれ湿った地面に倒れ伏しているが、他は変わらず爛々と見開いた瞳をこちらへ向けてくる。
その様子にフレイは極々小さくため息をつく。
(こっち系はもう使えないかもな……)
そろそろ見切りをつける時かもしれない。
神聖魔法を使うのをあきらめ、腰の長剣に手を伸ばす。
(操られた人間に火の玉かます訳にもいかないし、……ぶんなぐるか)
鞘をつけたままなら死にはしない気がする。
そう判断し、フレイは剣を構え攻撃態勢を取った。
「奥のを倒せば、呪縛は解けるんですよね?」
と、不意に沈黙していた長身の男がそういってフレイの一歩前へ進み出る。
操られた人々の視線がクリスへと集中する。
「……ああ、その筈だ」
訝しげな表情を浮かべつつも、その問いにフレイが頷くと、「ああ、よかった。」とクリスは微笑みコートの袖からなにかを引き出す。
「じゃあ、僕は彼らを食い止めるので」
目の前で両手に巻きつけたそれをピンと張る。
細くしなやかな、ワイヤー。
「奥の魔物は、宜しくお願いします」
その瞬間、青年の纏う空気が一変する。
「……へえ?」
フレイは視線を使用人たちから、背後で蔦を動かし、鎌をもたげている花へと移動し、口元に笑みを浮かべる。
これは集中して本体をたたけそうだ。
「じゃあ、……頼むわ!」
足元の板を蹴り、使用人たちの合間を駆け抜ける。
掴みかかろうとした男がクリスの放ったらしい糸に絡めとられ、引きずり倒されるのが視界の端にちらりと見えた。

 

 

 

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2014年3月31日改稿