Episode1: 謎めく封術士と水の街 - 封術士

湧き出る水の量を調整して、町へ川として流す装置らしい。
石で作り上げられたその装置の上に見上げるほど巨大な花が太い蔦を張り、うねうねと動いている。
その毒々しい程に紅い花弁は明らかに意思をもってフレイに顔をむけ、黄土色の粘液を勢いよく吐きかけてきた。
「うわっ、とぉ」
飛びのいた地面にドンと鈍い音を立ててそれが着弾し、深い穴を開ける。
その飛沫が自身の方へと飛んできて、フレイは慌ててマントでそれを防いだ。
「ああああっ」
じゅっと鈍い音を立てて皮にこぶし大の穴があく。
「くそっ、このマント結構高かったんだぞ、バカ!」
そう怒鳴りながら足を切返し、追って鋭く伸びてきた蔓をよけると、同時に抜いた剣でそれを切り払う。鋭い耳をふさぎたくなるような鳴き声を上げて花がのたうち回り、さらに次々と蔓を叩きつけてきた。
次から次に駆け回るフレイを狙って地面に太い蔦が突き立つ。それを続けざまに飛びのき避けきると、長剣を両手に構えなおし飛び上がり、魔物の本体へフレイは切りかかった。
ザシュ……とその太い茎を剣が縦に深く切り裂く。だが、
「うわっ、気持ちわるっ!」
その断面からじゅるじゅると染み出してきた粘液に、フレイは慌てて剣を引き飛びのく。
瞬く間にその切断面は粘液によって再生された。
「きかねえか。やっぱ燃やすしかねーな。おいアンタ!」
刀身に付いた気味の悪い液体を振り払い、後ろに跳び退ると、いつの間にか使用人たちを全員縛り上げ、場違いなほど優雅にコートの埃を払っているクリスへ呼びかける。
「そいつら抱えてもっと下がれ!」
「ああ、はい」
 フレイの言葉に笑顔で答えると、クリスは縛り上げた彼らを、ずるずると引きずり、フロアの後ろへ下がった。
(……バカ力だ)
背にしても体力にしても「身軽で素早く、小回りが利く」シーフのセオリーから悉く外れたその男に呆れつつ、フレイは魔物から一定の距離を取り再度対峙した。
行きつく間もなく粘液と蔦が同時に襲ってくる。
それを簡易的に造り上げた防護壁で防ぎ、時間をかせぐ。強固な呪文ではないが、魔法陣を編み上げる必要がなく、短い詠唱ですぐに展開できる。
透明な壁にさえぎられフレイに届く前に弾かれる蔦と粘液の前で、フレイは本格的な詠唱を始めた。
「何を……」
明らかに大きなマナを練りこんでいる空気の震えを感じ取り、クリスはその力の流れに瞠目する。
目の前の青年に噛み付こうとするように、花はフロアの奥からその首と花弁をうねうねと伸ばし、ギイギイとガラスのこすれるような音を発している。
その巨体の前で、フレイは低く古のスペルを紡ぎながら、手にした剣を前へ突き出した。それはフレイが手を離してもなお重力に逆らい、彼の眼前に浮かび静止し、徐々に白く光りだす。
「……っ!」
最後のスペルを口にした瞬間にそれは弾け、その鮮烈な光に思わず目を瞑る。
クリスが再び瞼を開いたとき、フレイの目の前には巨大な白い魔方陣が出現していた。
(あれは…!)
「燃え尽きちまいな!」
嬉々とした笑みを浮かべ、フレイは魔方陣を発動させる。
その瞬間、爆風と共に魔方陣から生み出された巨大な火炎の塊が、魔物の体へ叩きつけられた。

「いや、凄いですね」
舞い上がった灰を掌で振り払いながら、クリスは魔物の居た場所へ歩み寄った。
フレイの魔法によって巨大な花の魔物は燃え尽き、くすぶる汲み上げ装置付近の石畳にはその姿形もない。
フレイは無言で先ほどまで魔物が鎮座していた場所に歩み寄ると、水を汲み上げるための石穴を覗き込んだ。深くそこが見えない。
「奥まで根をはってたらしいな。ま、本体がきえたからしばらく待てば枯れるだろ」
そう言い、フレイは石穴の裏側へ回り込み「お、あったあった」と嬉しそうに言いかがみこむ。
何かを見つけたらしい。
「何かあったんですか?」と聞くクリスに「んー」とおざなりな返答を返しながら、汲み上げられた石のその部分を調べているようだ。
「あったあった」との台詞からも、彼がそれが其処にあることを最初から想定していたことがわかり、気になったクリスはその後ろに歩み寄った。
すすで黒く汚れた石に何か文様が彫ってある。
かなり古い言葉のようでクリスには読むことが出来なかった。
「なんですか、これ」
「……あー、封呪ってやつ」
面倒くさそうだが一応答えてはくれるらしい。
「ここに封じてある禁呪の影響を受けてあれだけ育ったんだろうな」
「禁呪っていうと、よく伝承の元になってたりする呪文ですか」
「そう。御伽噺によくなってるな。悪い神様がいるから、あの洞窟には近づくな、ってな。」
クリスの言葉にそう返しフレイは少し沈黙する。
これほど古いものになると、もはや誰が何の為につくった術なのかはわからない。
何かの拍子で活性化した禁呪が、ファルナの花に影響え、近くにいた人間を巻き込んだのか。
突然沈黙したフレイに、クリスが視線を向ける。
「さてと。」とフレイは声をあげ「アンタまたちょっと離れてろ。」といって立ち上がった。まだやることがある。
クリスが離れたのを確認すると、おもむろにフレイは右手の皮手袋を抜き取り、親指を歯で噛み切る。浮かんだ血球を手を振って文様へと飛ばす。
途端ズンと空間に重圧がかかる。
それと同時に、フレイは先ほど魔物を倒した時とは打って変った高らかな詠唱を開始した。鋭い瞳に力がこもり、額を汗が伝う。
その激しい詠唱に無理やり引きずり出されるかのように、どろりとした黒い何かが文様から現れる。
その禍々しさに思わずクリスは眉をよせ、目の前で起きている現象を凝視した。
「―――っ!?」
突然手を突き出したフレイがその「何か。」を握りつぶすような動作をする。
するとそれはその掌の中に吸い込まれるかのように、突如として消滅した。
「…………」
唐突に、空間はもとの湿気の多い地下の空気にもどった。
「――終了!」
 フレイのあっけらかんとした声が響く。
手袋をその手にはめ直しながらフレイは装置の周りを回ると、フロアの中央付近に縛り上げられたまま気を失っている町長たちの所まで歩いていく。
「今何したんですか?」
「あ? 封じたんだよ。禁呪を。また発動しないように」
クリスの質問にそれだけ答え、フレイは町長たちの様子をみてから、マントを翻して出口へと足を進める。どうやらこのまま屋敷を出るつもりらしい。
「こいつらはそのうち目さますだろ。気づく前に――」
「あれ?」
「ん?」
不意に足元に視線を落としてクリスが声を上げる。
「なんか、……揺れてませんか?」
その言葉にフレイは「ああ。」と足元に視線をやって、「深くまではってた魔物の根が枯れたんだろ。だからせき止められてた水が、漸く、一気に……」
沈黙する。
「ここ、水源の真上ですよね」
「……」
紅髪の青年の表情が固まる。どうやらその事実を失念していたらしい。
立ち尽くす二人の足元で、振動はどんどん激しくなる。
「……ヤバイ」
次の瞬間、爆音と共に水が石穴から吹き上がった。

噂の花撒きは、水に花びらが綺麗に映えて美しかったわ、と行きのサンドトレインでも聞いた夫人の声が後部車両の休憩室から聞こえてくる。どうやら彼女とも同じ列車だったらしい。
サンドトレインの中は行きと同じで割りと快適だ。
窓の外はまた砂漠と青空が広がっている。
だが、行きできた時よりも青みが増し、清清しいような気がしてクリスは微笑んだ。
開きはしたが一向に進まない文庫本を閉じて窓辺に置く。
気持ちのいい青だ。眺めているだけでもいいだろう。
地下から吹き上がった水流から、二人と使用人たちはギリギリで逃れることができた。
奇跡的に地下から屋敷の中を突き抜ける形で通された、水を汲み上げる水路にフレイが気づき、クリスと使用人たちにまとめて飛翔呪文をかけ、水路上空へとすっ飛ばしたのだ。
水路を抜けた先は、丁度、巨大樹の町全体を見回せる物見代の真上だった。
フレイがぷかぷかと浮かぶ全員の呪文を制御し、なんとか空中で体制を立て直したその時、目の前で物見代から大量の水が吹き上がった。
街一番高い場所から吹き上がった水は、いつの間にか上っていた日に照らされ、青空の中でキラキラと光った。何事かと家から出てきた人々は、その水をみて摘んであった花を嬉々として撒いた。
街に掛けられた橋という橋から撒かれるピンクの花が、キラキラと光る水とともに舞い落ちる様は、ただただ美しかった。

「いや、しかし綺麗でしたね。また来期これればいいなあ」
その光景を思い出しクリスは微笑むと、向かいの席に座る青年にそう話しかける。
「……」
腕を組み、目を瞑っていたフレイがクリスの言葉に眉根を寄せた。
「……なんでアンタいんだよ」
「ああ、私は本社に報告しに行かなきゃならないので、来た道を戻るんですよ。偶然ですね。帰りも同じ席だなんて」
「……」
クリスの人を喰った受け答えに苛立ちが増したのか、瞑っていた瞳を開き、フレイは半眼でクリスをねめつける。
だが特に言うことが見つからなかったのか、フレイは足を組みなおすと、被っていたフードをさらに深く引き下げ顔を俯けた。次の街に着くまで眠るに限る。
そんなフレイを気にもせず、クリスは「おや」と声をあげる。
「今向こうで砂埃あがりましたよ」
「……んん」
ちらりと視線を向ければ、確かに冴え渡った青空の下、視界の奥の砂丘から砂埃がもうもうと上がっている。
「またバジリスクが出てきたらお願いしますね」
「アンタだって、何とか出来る位の力はあんだろ」
「いやだなあ、僕はただの会社員ですよ」
「嘘付け」
喰えない自称会社員の台詞を、フレイは鼻で笑って視線を窓の外へ向ける。
青空の下、見渡す限り砂漠は続き、境界線が金に光った。

 そしてこの自称会社員にフレイが再会するのは、その僅か数か月後の事である。

 

 
Episode1: 謎めく封術士と水の街 end

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2014年3月31日改稿