Episode1: 謎めく封術士と水の街 - 水の都

水の都アクリオ。
砂漠を抜け、ごつごつとした岩の続く平地を進むと、岩壁の先に突然開ける巨大樹の都市だ。干からびた砂漠のすぐ傍にこの水の都があるのは、遥か地下を流れていた水脈がこの場所で突然上がってきている為らしい。
突如湧き出た水源を元に、木々が成長しその木に人々が家を作った。大きな森をそのまま活用し作り上げた都市で、今もなお少しずつ拡大を続けている。
大の大人が数十人集まってやっと一回りできるほどの太さの木々が、街の中央を流れる川を挟んだ形で密接してそびえ立ち、その木々の複雑に入り組んだ巨大な枝の上や幹に人々は家を立て、橋を掛け、生活を営んでいる。
今でこそサンドトレインも、輝封石もあり、砂漠を越えるのにそれほど困りはしないが、それらがまだ無かった頃の旅人は、死ぬ思いをしてこの都までたどり着き、木漏れ日と水のせせらぎに休息を得たという。
旅人にとっては癒しの地だ。
だが。
「ああ、かなりやられてますねえ」
幹を回り込むように取り付けられた階段の踊り場で足を止め、小さな輝封石を閉じ込めたカンテラを掲げて、クリスは直ぐ近くの幹をてらした。
木の皮は少しこするだけでぼろぼろと剥がれ落ち、幹の色も以前来たときよりも悪くなっている。踊り場から横へ伸びた、隣の木へ移る為の架け橋の上へ足を進め、街を見下ろすと、遥か下、川沿いのレンガ敷きの街路にも落ち葉が目立った。
今は夜だが、張り巡らされた枝葉で街は日中でも薄暗い為、昼夜問わず街ではいたるところで輝封石を閉じ込めた街灯が灯されている。その幾つもの光が川の水に反射してゆらめく様は美しく、それが観光名所であるアクリオの見どころの一つでもあるが、今は水面にも沢山の葉が落ちていて、どこか陰鬱とした印象がぬぐえない。
いやーこまりましたねと、さして参っているとは見えない飄々とした表情で呟きながらクリスはまた元の踊り場まで戻った。
足を進めつつ、ふと頭上を見上げると誰かが上の階段を歩いているのか、輝封石のオレンジの光がゆらゆらと枝の影に見え隠れしている。
「クリスさん、こっち。こっちですよ」
呼ぶ声に視線を戻す。
一つ上の踊り場で、開いたドアから丸い体の上半身だけだした中年の男が手招いている。クリスが努める不動産会社のアクリオ支店長だ。
「どんな具合ですか? ……と、これは……」
身の丈よりも少し高さの足りない入り口を、くぐるようにしてクリスは支店長に続き、部屋の惨状に顔をしかめた。(ちなみにクリスの身長百九十五ある。視線を少し落とせば身長百五十程の支店長の、つるつると光る頭が見おろせた。)
まだ何の家具も設置されていない、がらんとした木造の部屋。
その壁という壁は乾燥し粉を吹き、輝封石の光の中で黒ずんだ肌を露出させている。
明らかに水が足りていないのだ。
「酷いですね。これじゃ売り物にならない」
「多分この物件が一番酷くやられているんだと思うんですけどね、ほかも似たような症状がでてまして、上層の、なかでも末端の家は枝の壊死が進んで、退去勧告が出てます」
支店長はそう言いながら窓に歩み寄り、それを開け放つ。
クリスもその後ろに近づき外を見ると、向かいの木の上部から、大きな荷物を抱えた家族がゆっくりと下へ降りていくのが見えた。
「そういえばクリスさんも来る途中、砂漠でバジリスクにあったとか」
「ああ、はい。いやー、凄い迫力でしたよ」
笑って答えたクリスに「無事でよかったですな」と支店長は苦笑いを返す。
「クリスさんの来る前に二件、サンドトレインと馬車旅をしていた旅団がバジリスクにやられましてね。旅団は馬が石化されたようで、乗っていた人々は砂に巻き込まれて行方知れずですわ」
「それはそれは……。私の時は偶然魔導士さんが乗っていまして、撃退してくれたんですよ」
「魔導士? 今時珍しい。運がよかったですなー」
共に部屋を出て、今来た階段を下りながら街を一望する。
何十もの架け橋が層になって木々に渡され、等間隔に置かれた輝封石の光がそれにそってオレンジ色の光を放っている。
ぼんやりとそれに照らし出される枝葉や架け橋は、どこか柔らかく暖かな雰囲気で包まれていた。だが細部に目を向けないと解らないが、少しずつ、いや、森の形成にかかった歳月に比べれば、恐ろしいスピードでこの森は死に掛けている。
「水路の水かさも減ってますしなあ。水脈に何か異常でもあるのか……。水源の上に屋敷構えてる町長にも原因しらんか聞いてみたんですが、調査中だといって、知らぬ存ぜぬの一点張りです」
「そうですか。とりあえず私も伺ってはみますけど、解決策が見つからなかったら一旦本部に指示を仰ぎに戻るしかないかも知れませんね…………」
「お手数かけますけど、宜しく頼みます」
振り返り苦笑した支店長は、手にしたカンテラで街の奥を指す。
そのカンテラの明かりの先、町の一番奥に巨木を丸ごと利用した、大きな屋敷があった。窓辺からぼんやりと明かりが漏れ、幾つかの窓の向こうには誰か居るようで、時折カーテンに影が映る。
「あそこ。あの一番大きな木使って建ててあるのが町長さん家です。丁度川の水源の真上ですな。二層目の橋の上から入り口の門にいけます。……そういえば、前クリスさん来た時は見ていかれなかったでしょ。明日の昼に花撒きが予定されてるんですよ」
「花撒きっていうと、半年に一度森中に水を撒くっていう……」
「そうそれです。組み上げた水と一緒にファルナちゅうピンク色の花の花びらを、あの木の頂上にある物見台からぶわっと盛大に巻くんですわ。とても綺麗なんですが……水が減っているとなると、出来なさそうですな」
うちの女房も花摘んで楽しみにしてたんやが…………。そう言い支店長は肩を落とす。
『アクリオの花撒き』といえば旅行会社のパンフレットに毎年必ず掲載されるイベント事の一つで、クリスは会社からもって来た資料に載っていた薄いピンクの小さな花を思い出す。
昼に乗ってきたサンドトレインに乗り合わせた人々の大半は、それを目当てとした観光客だろう。
今頃はイベントの実行が難しいことを聞きがっかりしている者も多そうだと考え、昼にクリス自身がこの街の物件を勧めた夫人が怒り狂う姿が脳裏をよぎり、思わず苦笑する。
「うーん、とりあえず私が町長さんの所へ行って、うちの社で調査できないか聞いて見ましょう。まだ遅すぎる時間というほどでもないですし、これから行ってみますよ」
そう微笑んで見せたクリスに、支店長は曇らせていた表情を和らげ、再度たのみます、とかるく頭を下げた。
階段を下りながらその高みから街を見渡す。
足を止め見上げた暗い街の上部層から、またいくつかのオレンジの光がゆっくりと下りてくるのが見えた。

 

「困りましたねえ」
「本当に申し訳ありません……」
申し訳なさそうに、深く頭を下げるメイドの少女に「いや、貴女が気にする事じゃないですよ。」とクリスは微笑む。声に出すつもりは無かったが、無意識のうちに声に出ていたようだ。
町長の屋敷を尋ね、このメイドの少女に応接室まで案内されたものの、主人を呼びにいった彼女は結局主人を連れてくることは出来なかった。
「話すことは何も無い、原因は目下調査中。」だという。
会社の調査団の派遣を許可してくれないかとの問いにも、少女は「それもお断りするとの事です。」と首を振った。
苦笑してクリスは応接室のソファーから立ち上がる。長居しても得ることはなさそうだ。
「では仕方がないですね。また後日、日を改めて伺う事にします。うちの会社としても、こちらに多くの物件を持っていますので、できる事でしたらご協力します。いつでもご連絡下さいとご主人にお伝え下さい」
そう少女に告げ、預けておいたコートを受け取り、廊下へ出る。
来た時は気づかなかったが、窓辺に花の鉢が置かれていた。
外の街灯に照らされ、赤い花弁を淡く光らせている。その花を目にした事でつい先ほど支店長とした会話を思い出し、クリスはメイドの少女を振り返った。
「そういえば、今回花撒きは中止ですか?」
その言葉に少女も支店長と同じく表情を曇らせた。
「はい……まだ街に連絡は回っていませんがそうなると思います。花の問題もありますし。」
「問題?」
「ええ、町の人が個々に育てているものは大丈夫なのですが、この屋敷の裏の農園で育てているファルナの花が、蔦をはるようになったんです。群生するようになって花も多く詰めるようになったのですけど、元はピンクの花びらが、赤みが増して、気持ち悪いという声も上がっていまして……。街の人から花を大々的に提供してもらえれば花の面では問題もなくイベントは執り行えると思うんですけど、やはり水が無理なので……」
「そうなんですか……」
言われてみれば窓際の小さな花はパンフレットの写真よりも随分濃い赤で、街灯の光の加減によっては不気味にも見える。
「もともと森を保つための必要行事ではなく古くから伝わるお祭り事ですから、水が減っている原因が解るまでは中止せざるを得ないと思います。古くからのお祭りだからこそ、執り行うべきだとの声もあるんですけど……あっ、どうぞ」
不自然に口を噤み、少女は屋敷のドアを開ける。
(主人に口止めでもされているのかな)
原因を知っているようには見えないが、あまりこの事について話すなとは主人から言われているのかもしれない。ついぺらぺらと喋ってしまい、途中でそれを思い出したのだろう。
言葉を発することはしないが、早く屋敷の外へ出て行ってほしいという申し訳なさそうな雰囲気を滲ませる少女に促されて屋敷を出る。彼女は一礼して屋敷の門を閉めてしまった。
慌てたその動作にクリスは苦笑すると、事前に取ってある宿屋へ足を向ける。
空気はスーツにコートを羽織っても、昼間と打って変って随分と冷たく、街灯に照らされたレンガ道の上をカサカサと音を立てて葉が風に転がされていく。
(寒暖の差が激しいなぁ)
コートの襟を首元に寄せながらクリスはなんとはなしにそれを目で追い、川に掛けられた橋の上で、街灯に照らされる人影にはっと目を見開いた。
フード姿。
すっぽりとその頭をフードで覆い隠し、クリスが今出てきた屋敷をその人物は見上げている。
(ああ、彼だ)
サンドトレインで相席だったあの魔導士。
青年が視線をこちらに向ける。街灯の光でちらりと彼の赤い瞳が光った。既に彼はクリスの存在に気づいていたらしく、さして表情を変えずに足をこちらに進めてくる。
「こんばんは」
「…………」
すれ違いざまに微笑んで会釈すると青年はほんの少し視線を上げ、ふいとまたそれをそらした。
そのまま何も言わずに歩み去る。
「……ふーむ」
青年が立っていた位置から同じように屋敷を見上げ、その二階の窓辺に先ほど見た花が覗いているのに気づき、クリスは微笑んだ。
視線を街の奥へ向ける。自分のいる橋の下、流れる川を挟む木々。
上層の家のどこかから、母親が子供を呼ぶ声が聞こえくる。
日が完全に沈んだのか、先ほどまでちらちらと高い木々の葉の合間から見えていた夕日の赤みが消え、見上げた空は夜に沈んだ森の深い闇と、ぽつぽつと上へ続くオレンジの光で夜空の様に見えた。

 

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2014年3月31日改稿