Episode1: 謎めく封術士と水の街 - 紅い髪の青年

「ね、だからお買い得なんですよ、奥様。この先の美しき水の都への移住権、及び高級地の権利書がセットになって二万五千ペント! どうでしょう? お時間が有るのでしたら着き次第現地にご案内いたしますが」
そうクリスがにこりと微笑んでみせると、恰幅の良い、上品だが似合っていないドレスを着込んだ夫人は「そうね、考えておくわ」と言ってその厚化粧の顔をほころばせた。
ではお気が向きましたらこちらにご連絡下さいとスーツの懐から名刺を出して手渡す。やんわりと断られた形だが、ここで押しすぎてはいけない。
接客業は笑顔と真摯な態度! 押し過ぎは悪印象。そうクリスは常日頃思っている。
名刺ケースを内ポケットにしまい、夫人に一礼して下がる。
自分の背格好は、平均より高めの身長と銀の髪、青い瞳。
一目で良い家の出「らしくみえる。」外見なものだから、あの格式だとかを重んじそうな夫人も、大手会社の営業だと思ってくるだろう。いや、思ってくれるとありがたい。
揺れる車内によろけ、思わず苦笑してサイドの座席を掴み安定を図る。
広大な砂漠を砂埃を巻き上げながら走る、三両編成の小さなサンドトレイン。
それが今クリスが居る場所だ。車内はレトロ感漂い、清潔にされている様でも、どうしても外から入り込む砂埃で乾いている。
喉をイガイガと刺激する砂塵に「もっと快適な旅をしたい。」と思えど、水の都アクリオまでの交通手段は今のところ、このサンドトレインのみだから仕方がない。
背後から先ほどの夫人が「それにしても居心地の悪い列車だこと! 」と従者に悪態をついているのが聞こえ、クリスは苦笑する。
最後尾の小さな談話室から出て、前車両の一番後部にある自分の座席に戻る。
窓側に備え付けられた小さなテーブルに置いておいた文庫本を手に取り、続きに目を通すが、さして集中力が続かず数行読んだだけでまた元の場所に戻す。
視線をまた外へと向ければ、案の定景色は殆ど変わることが無く、昼過ぎの、どこか霞んだ色の空の下、黄色い砂漠が続き、ぽつぽつと痩せた黒い木がまばらに生えているのが見えた。
外はかなりの暑さなのだろうが、列車の動力源ともなっている輝封石の力を利用しているのか、車内は丁度いい温度に保たれていて、石が封じ込めてある力を放散する際に生じる、フオオォォンと空気を振るわせる柔らかな音が耳に心地いい。
目的地までにはまだあと数時間はかかるだろうと見越して、ひと寝入りしようとクリスが窓側の壁に頭を預けようとしたその時、チカリと視界の端で何かが転がり落ちるのが見えた。
カツンと硬質な音を立て床に落ち、足元へ転がってきたそれを拾い上げる。
(生成された輝封石か……)
掌にすっぽりと収まり、まだ余裕がある程度の大きさの丸い玉。
赤褐色のそれはただの硝子玉とは違った、揺らめくような赤い輝きを内側に秘めている。クリスにも見覚えの有るそれは、今乗っている列車の動力として以外にも様々な用途に使われるエネルギーを蓄積した石だ。
多くは鉱脈から原石を切り出し加工して使用されるが、クリスが拾い上げたそれは空になった石に、再度人工的にマナを注ぎ込んで作り上げたモノらしい。
多量のマナを封じてあるのか、輝きからしてかなりの値が付きそうな代物である。
どこから、と視線をめぐらせれば、すぐ傍にそれらしき出元を発見する。
相席状態で真向かいに座るフードを被った男性の膝に、掌に乗る程度の小さな皮袋が置かれている。その皮袋の口が開いて、幾つかの輝封石が彼の膝元に零れ落ちていた。クリスが拾ったのはその一つだろう。
(魔導士かな)
極々一般的な旅用の皮マントから覗くその服装は、すっきりとした紺の長衣と、黒のボトムス。膝下までの細身のブーツというシンプルな出で立ちだったが、首元や腰元等に部分的に覗く装飾は魔法具のようだ。
顔は何故か目深に被ったフードで隠され口元しか見えない。彼は窓際のサイドテーブルに片肘を付き、ぼんやりと外を眺めているようだった。
「あの、おちましたよ」
声をかけずにテーブルに置いたところで妙な誤解を受けでもしたら面倒である。
クリスの呼びかけに反応し顔を向けた彼は、その手の中にある玉を見て「ああ、わりぃ。」と一言発し、それを受け取る為に手を出しだした。
その瞬間、ふわりと前に身を乗り出した彼のフードから前髪の毛先が覗き、その色彩にクリスはハッとして声を挙げる。
「ああ、珍しい色ですね。」
「……あ?」
何のことだか解らなかったのだろう。怪訝そうな声を挙げ、動きを止め、その青年は視線をクリスへと向ける。
途端覗いた瞳の色も髪の色に負けず鮮やかな色で、酷くクリスは嬉しくなった。
青年の髪と、きつい眦を呈した瞳の色は、底知れない深さを感じさせる緋色。
「そんなに綺麗なのに、隠してしまうなんて勿体無いじゃないですか。」
「ああ? ……あー、これか」
にこにことのたまうクリスに青年は訝しげな表情を向け、それが輝封石ではなく自分自身へ向けられた言葉だと思い当たったのか、青年は自身の前髪を指先でつまんだ。
「……あんま目立ちたくねーんだよ。それより、それ」
あまり社交的ではない性質なのか、それともクリスの唐突な賛辞に引いたのか、恐らくそのどちらでもあるのだろう。
青年は露骨に顔をしかめつつ、再度手を差し出した。
その動作に、クリスは自分が輝封石を握り締めたままだったことを思い出す。
「ああ、失敬」
にこりと微笑んでみせて、それを手渡す。
少し名残惜しい。売れば相当の高値が付いただろう。高値が。そう、高値が。
「…………」
張り付かせた笑顔の裏で悶々と値段の計算をするクリスを、青年は微妙な表情を浮かべみやると、無言で皮袋に石を戻し、口をきつく縛り上げた。何かを感じ取ったのかもしれない。
「その石はあなたが作ったんですか? 随分出来がいいように見えますが」
「……ああ、まあな」
気安さを増したクリスの問いかけに、座席に深く座りなおした青年がちらりと視線を上げ、短く答える。
「私も幼いころには手習いとして扱いは習いましたが、どうにも使いこなせませんでしたね。素質が無いようで」
「……」
 マナの扱い方の習得方法は色々あるが、一番最初にマナに触れるのは十代頭に通う事になるインディペンデント・スクールだろう。週に一回の頻度で、極々簡単なマナの使い方を習得する。
 大気中に漂っているマナの力を借りて、風の流れを見る方法。マナを一か所に集めて、豆電球に光を方法。その全てに、クリスは成功したことがなかった。
輝封石に微量のマナを集めて、その熱量を利用してカイロを作るなどという授業もあったが、マナの扱いとしては中級以上の力を必要するとされていた。初級でも成功しなかったクリスが、そんな術に成功するはずもなく、出来上がったのは冷たい石を入れた布袋だけである。
 同級生たちが出来た、できないと盛り上がる中、幼いクリス少年は冷たいカイロを握りしめて、「マナとか廃れ行く過去の力だからー。これからはやるのは電気だからー。別に悔しくないからー」と強がった。もちろん、とても悔しかった。
 過去に思いをはせたクリスの言葉に、頬杖をついたままこちらを見遣った青年は、そのきつい眦を幾分緩め微笑む。
「才能ねえな、諦めろ」
「……あ、はい」
先ほどよりも伺えるようになった彼の顔は、どうやら二十七歳のクリスとそれほど歳は変わらないようだ。二十台半ばといったところか。
深紅の髪と瞳。髪は詰襟の首元に黒いリボンが見え隠れしていることから、結ばれているのかもしれない。
荷物はコンパクトに纏められていて、旅なれた雰囲気を纏っている。
会話は終わりとでもいうかのようにまた窓の外を眺めだす彼の視線につられ、同じ窓の外に視線をやれば、明るいような、薄暗いような微妙な色の空の下、低めの砂丘の縁に沿って陽炎が揺らめいていた。
もうしばらくすると中継地点である小さな街が前方に見えてくるはずだ。
「でも安心しましたよ、マナが扱える人がいて。しかもかなり扱いに長けてそうですし」
「?」
「ここら辺、最近魔物が多いっていうでしょう? バジリスクとか出たら、どうしようって思っていて。」
でも貴方が居るなら安心だ。
そうクリスがニコリと微笑んだその瞬間、二人の視線の先でドォォォンと鈍い音と共に砂煙が上がる。
発破を炊いたようなその音と煙に、穏やかだった周囲に沈黙が満ちる。
「…………あんたさあ」
 青年が呟く。
「…………」
 立て続けに起こる砂の爆発は、徐々にこちらに近づき、やがてもうもうと煙を巻き上げながら猛スピードでこちらに接近しだした。
「なんか、近づいてきますけど」
笑みを浮かべたまま、クリスは青年に顔を向ける。
「……そうだな」
青年はその視線を受け止め、「かなりでかいな」とのたまう。
「ええと、念のため聞きますが、あれは?」
「バジリスクだろうな」
無表情で青年はそう答え、僅かに眉を寄せると「めんどくせえ。」と呟いた。

 

「落ち着いて! 落ち着いてくださああああい!」
そう呼びかける車掌の声が既に恐怖に裏返り、乗客の不安をあおる。
(これじゃ逆効果だろーが)
そう深紅の瞳と髪の青年、フレイ=エウリノームは毒づいた。
めんどくさい。
ただ働きは嫌だ。
そんな言葉がフレイの脳内をぐるぐると回る。
窓の外では轟音と共に着々と砂煙は近づき、チラチラとバジリスクの硬く黒い皮膚が見え隠れしだしている。
トカゲを何十倍もの大きさにしたその姿にさらにパニックは広がる。
大きい。恐らくこのサンドトレインの二倍はあるだろう。そんなものに突撃されたらひとたまりもない。
「おーい、奴の目をみんなよ。石化される」
とりあえず周囲へ注意を促しながら、フレイは立ち上がった。
誰か戦えるものはと視線をめぐらせ、人の波を掻き分け後部車両の自警団の詰め所を覗くが、だれもが恐怖に浮き足立っていて、その状態に思わずため息を付く。
「これは参りましたね」
背後から聞こえてきた妙に明るい声に振り返ると、先ほど声をかけてきた男が、頭一つ程上の位置で苦笑いを浮かべていた。背が高い。
やけに落ち着いたその挙動に、まじまじと見上げたフレイの視線に気がつき、クリスは両手を挙げひらひらとさせてみせた。
「見ての通り丸腰ですよ。魔導士でもないですし」
「……ふうん。アンタちょっとこれ持っててくれないか」
その場違いな落ち着き様は、どう見ても普通ではなかったが、問い詰める時間もない。
再度ため息を付くとフレイは一抹の不安を感じながらも、持っていた荷物をクリスにぐいと押し付けた。
「ああ、はい」とそれほど大きくも重くも無いそれを両手で受け取ったクリスは、フレイがマントの後ろから取り出した白い長剣に目を見張る。
「おや、魔術は使わないんですか」
「どっちでもいいだろ、アレを止められれば」
「それはそうですが、剣じゃあの固い装甲には歯が立たないと思いますけど」
「わかってるよ、そんなこと!」
 柔和な笑顔を浮かべながら、そんな事を言い出す男にいい返しながら、フレイは列車の最後尾まで走り、非常用出口の金ドアをひき開けた。
途端に舞い上がる砂埃と、突進してくるバジリスクの鋼の巨体が視界に飛び込んでくる。もう見上げるほど近い。
印を組んだ指先で簡易の魔方陣を空間に描き、その軌跡に残された光の紋を飛び込むようにくぐる。途端、列車から落ちかけたその体は重力を無視して浮き上がった。
ふわりとバジリスクの上空へと舞い上がる。
「でかいな」
(足止めが適当か)
眼科を猛スピードで走る魔物のうろこをにらみつけると、剣を持っていない方の手を頭上に振りかざす。
「かしてくれ」
大気中の精霊へ、マナを貸してもらえるように一言呼びかける。
フレイの呼びかけに応じ、瞬く間に剣に凝縮された風の刃が集まった。
(……あれは)
その様子を、非常出口の手摺につかまり、煽られる髪を片手で押さえつけながらクリスは見ていた。
視線の先、空中でマントをはためかせる体は、剣を構え、不意にゆらりと傾くと列車に迫り来る砂塵へと急降下する。
髪の色だろう赤の残像が、鮮やかに視界に焼きつく。
次の瞬間、爆音と共に巨大な砂柱が立ちあがった。

 

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2014年3月31日改稿