EPISODE2: 眠れぬ封術士と安らぎの歌 - 探し物は結構身近にある

 巨大盗賊団として悪名高いエバンズ一家の本部は、トスカネル大陸の中央にあたる、首都ロエナの外れにある。アクリオの合った南部砂漠地帯よりは、比較的過ごしやすい気候で、商業が発達している『商人たちの街』だ。大小様々な商店が街道沿いにひしめき合うように並び、買い物客を呼び込む活気のある声がそこかしこから聞こえてくる。
 そんなロエナの中心部にある市場にフレイは顔をだしていた。もう少し正確に描写すると、市場にある、ターゲットは「女性」と店舗全体で語っているかのようなカフェ『Nina』のソファーにフレイは座り込んでいた。
 その目の前には色とりどりのパフェが四つ並んでいる。
「……んまっ」
 その中の一つに長いスプーンを差し込み、鮮やかな緑のアイスクリームを口元に運ぶ。舌先にひんやりと冷たいそのクリームに、自然と頬が緩む。甘い甘いピスタチオクリーム。
 ぱくぱくとクリームを掬い取りながら、フレイはあたりを見渡す。
(特に、目立ってなみたいだな。まあ男一人って点では目立ってるが)
 赤毛色の髪は多くいれど、フレイ程の紅の髪は珍しい。だから極力人目のある場所では目立たない様にしているつもりなのだが、そうはいっても甘党のフレイにとって、甘味を食べない事は死活問題につながる。ついでに言うと趣味の甘味屋めぐりにも差し支える。
 とはいえ店内でフードを目深にかぶっているのも難しい為、仕方なくフレイは普段のコート姿を諦めて、細めのパンツと同じく細身のタートルネックセーター、ベージュのジャケットを着て、髪の毛を隠す為にテンガロンハットを目深に被っている。しっぽのように長い後ろ髪は、隠すようにジャケットに入れ込んだ。
 衣料品という面でもここ数十年でずいぶん変わったと思う。
 ほんの少し前までひらひらとレースのついたシャツやらコルセットやらを着込んでいたというのに、人々の生活の移り変わりは瞬く間。旅中は詰襟と皮マントといういでたちでが、地域差はあれど、近年の衣装は動きやすいものが多く気に入っている。
 人ごみの中に視線をやりながら、再びアイスをひと掬いする。
 視線の先にあるのは人々が闊歩する大通り。その通りの奥に銀髪の青年が入っていった店がある。一階は色とりどりの石鹸やら香水を売る女性向け店舗だが、赤茶けたレンガが特徴的なそのビルの三階に、エバンズ一家がよく利用する情報屋の事務所がある事を、フレイはグスタフから聞いていた。
『クリスをとめてくれ』
 グスタフの依頼はそれだけ。
 知己の依頼であってもあまり気乗りしない依頼だった。
(「息子がちょっとやばいからとめて」とか、正直自分で何とかしろって感じだしな)
 これがそれだけの案件であるのなら、フレイもグスタフにそう言って終わっていただろう。それか「いい年して親に心配かけんじゃねえよ」位はクリスに言ったかもしれない。 だが、『禁呪』が絡んでいくると話は違ってくる。
 ――――禁呪。
 マナを扱う者は必ず初期の段階で学ぶ「利用を禁じられている術」の類である。術といっても、その形式は様々だ。魔方陣である事もあれば、書物の形の場合もある。特殊なものでは、歌として存在していた事もある。実際フレイは村ぐるみで歌を使用していた場面に遭遇した事があり、その汚染の酷さに辟易したことがあった。
 大きな力を持つため、禁じられていても利用する者は後を絶たない。だが、禁呪が禁呪である理由は明確にあった。
 ひとつは禁術の発動条件が『倫理的に許されない事』である事が多い為だ。
 巨大な力を生むためには、巨大な触媒もしくはエネルギー源が必要となる。大気中のマナを多くかき集められればよいが、それだけの事が出来る術士はごく少数で、大抵、大きな術を使う場合はマナ増幅の触媒となるものを併用する。
 よく使われるのはマナを貯めた輝封石であったり、元々マナを溜め込みやすい植物であったりする。(ちなみに大きな町に行けば専門店があり、様々な乾燥植物が販売されているが、生成過程での手間が非常にかかるため、高額である事が多い)
 だが、それらの触媒では足りない術を扱う場合、人々はより大きなエネルギー源を求める。
 身近で大きなマナを湛えたモノ。
 ――『命』である。
(アクリオの時は手遅れにならなくてよかったな)
 情報屋の窓にぼんやりとその紅い瞳を向けながらフレイは思った。
 あの時地下にあった禁呪の触媒とされていたのは、屋敷に住む人々の生命力だ。だが、じわじわと利用するタイプの術だった為、多くの死人をだす事態には至らなかった。多くの人間から少しずつのマナを集めていたから、実際被害にあった人々は数日間の倦怠感に悩まされただけだろう。
 禁術を禁呪たらしめる理由はまだある。
 編み上げられた禁呪には、ある共通した特性があった。
 禁呪は『周囲を汚染する』。
 さらにエネルギーを寄り取り込もうとするのか、周囲の物質をただひたすら巻き込む術と化すのである。
 目的を遂げた時点で術を解除すればいい話なのだが、解除しなければならない時に『術者はいない』事もある。
 例えば、解呪を行わないまま術士が死亡した時。目的の為術士自身が、自らの体を触媒として術を編み上げる自殺的事例もある。
 術者以外が他人の術を解除する事は、酷く難しく、ましてや様々な触媒を巻き込んだ禁術ともなると困難を極める。
 禁呪の歴史は古い。何の目的かもわからないまま何百年、何千年と放置され続けた禁術もある。そんな禁呪をフレイはずっと封じて回っている。
 ずっと。もう数えることを止めてしまう程、遠い昔からずっと。
 ふと、忘刻の森の、クリスタルの中で眠る少女を思い出す。緩んだ封印。水に解けた呪いの色。
(早く、封じなおさねぇとな……)
 最後の一口を掬い取ったスプーンを口に運び、唇をなめる。
 ひと時も離さなかった視線の先で、情報屋のドアが開いた。
 
 

 クリスの元に、「気になる情報が入った」と、なじみの情報屋から連絡が入ったのは、一ヶ月前に出会った赤髪の魔導士と再会したすぐ後だった。フレイが父の知人だったという偶然に驚きながら再会を喜ぶ挨拶をし、夜は家族で食事しましょうと約束を取り付け、家をでた。
 繁華街の女性向けコスメショップ『ローザ』の二階へ、ビル側面の階段を駆け上がり、くすんだ青に塗られた洒落たドアを開ければ、カランカランとベルの音があたりに響いた。
「お、お兄さん、いらっしゃい」
 十畳ほどの広さのフローリングの部屋の奥に、大きな机が鎮座している。だがその大半は積み上げられた書類や得たいの知れない置物でうずもれ見えない。
 その合間から、ピンクがかった金髪頭と、ひらひらと振られる手のひらが見えた。
 情報屋の主人、アレン=シスレーである。
「気になる情報って」
 そこ座って、と示されたソファーに腰掛けそう切り出せば、ピンクがかった金髪の癖毛をわしゃわしゃとかき混ぜながらアレンは立ち上がり、その年齢不詳の容貌で猫のように笑いながら数枚に束ねられた紙をクリスに手渡す。上は着る人を選ぶピンク色のシャツに、サスペンダーをし、下にはモノトーンチェック柄のパンツをはいている。足元は当然のごとく裸足にサンダルで、もう何ヶ月も切っていないだろう髪は細身の肩あたりまで伸び、四方八方に跳ね返っている。
「病気の線も追加で洗ってみたんだけどね、今までの調査で出尽くしたかなと思ってて、魔術や呪いの線も調査してみたんだけどさ、最近そういうの少ないじゃん?もう使える人も限られてきちゃったし、マナの授業も時間割から消えるらしいし」
 そう言いながら、クリスの持つ書類を指差し、「三ページ目」と告げる。
「……これは、失敗の事例集ですか」
 示されたページをめくれば、眠る人物の写真が視界に飛び込んできた。写真つきでいくつかの事例が数ページに渡りまとめられている様である。
「そう、魔術や呪いの失敗事例を漁ってみたんだけど、なかなか最近の事例が集まらなくて。もう二十年とか前の事例ばかりなんだけど、その中に気になるのがいくつかあったんだよ」
 アレンの言葉を聞きながらページに目を通す。魔術の失敗により、人間が巻き込まれた事例が並んでおり、三ページ目の下段に赤いペンで囲まれた部分があった。
「『触媒としての人体利用』。」
「えぐいね、材料に人間を使うなんてさ。禁じ手だよね。でもそれ、状況すごく似ていると思わない?」
 添付された写真には病院らしきベッドで眠る男性の姿が映っている。眠るといっても、横になっているだけで、その瞳はぼんやりと開かれていた。
「ルディと同じだ……」
 開かれていても、何の感情も読み取れず、何も写していないように見える瞳。
 やせ細りながら、動くことなく生き続ける体。
『だって私は』
 自分の許婚なのだからといって笑った幼馴染の姿が脳裏に浮かぶ。今はただ、虚空を見つめ、呼吸だけする女性。二年前に倒れてから、今まで、ただうつろな瞳で虚空を見つめながら眠り続けている。
 彼女を元に戻すため、この二年間クリスはアレンに情報収集をたのみ、得た情報を元に各地を回った。実家を継がないのはその為である。様々な医師を尋ね、ルディを見せて回った。眉唾物のまじないの類も試してみたし、胡散臭い祈祷師も招いてみたが何の効果も得られないまま二年が過ぎた。
「ルディさんと症状が酷似しているでしょ?」
 白いカップにいれたコーヒーをクリスに差出し、自分も自分のカップに口をつけながらアレンは言葉を付け足す。
「何かの禁呪を使われた結果が、ルディの状態だということですか」
「その可能性も無きにしも非ずって事だね」
「もし禁呪のせいだとして、それを解除するにはどうすれば……」
 クリスの言葉にアレンがにやりと笑い、書類の山からもう一枚紙を取り出す。
「そういうと思ってさ、解除方法じゃないけど、その筋のスペシャリストの情報」
 ひらひらと紙をふり、クリスへもう片方の手のひらを差し出す。
「五百ペントでいいよ。どうする?かなり信頼できる情報だよ」
「……まったく、商売上手だな、君は」
 ため息をつきながら、紙幣をその手の上に差し出し、指の間からその紙を奪い取る。そしてその情報に思わずその水色の双眸を見開いた。
「禁呪の噂をたどると、必ずそいつが出てくる。最近ではアクリオでの目撃情報があったから、比較的探し出しやすいんじゃないかな」
 結構イケメンだよね、俺好みかもー。
 どエスのアレンがそういってニヤニヤするのを無視し、クリスはまじまじとその資料を見た。
(イケメンというか)
 クリスは紙に載せられた写真に指を這わせる。
 隠し撮りされたらしい、幾分ぼけた写真には、赤い髪の青年がドーナツをほおばる姿が映っていた。

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