Episode3: 泣けない封術士と過去の棘 – 贖罪

クリス=エバンズの最近の楽しみは、紅い髪の青年が甘い甘いデザートを頬張る姿を眺める事である。
用事で家を空けていたグスタフが戻り、半壊した母屋の惨状に数刻ほどかたまった。聞けば、妻が嫁いできた時の記憶やら、これからはお前が棟梁だとグスタフの父、つまりクリスの祖父に盗賊団を任された時の記憶などが次々と脳裏に浮かんでは消えたらしい。
大切な記憶を半壊した我が家に重ね、グスタフは無言でフレイの「三時のおやつ」供給を止めた。
 解呪騒動の後、すぐにエバンズ家を出ようとしたフレイをクリスは全力で止めた。「時間がない」と暫くフレイは駄々をこねたが、弱った体はクリスに簡単に取り押さえられてしまい、本人もさっぱり動かない体に、漸く自分に療養が必要だという事に気付いたらしい。ここ二日間はおとなしく療養に徹していた。
そんな中、焦る彼の最大の癒しであったおやつの供給が止まった。
最初は物言いたげな様子で食堂の椅子に座り込んでいたフレイだが、夕刻頃にはしおしおと食堂のテーブルの上で物言わぬ塊と成り果てていた。外に買いに出る体力も残っていないらしい。
見かねたクリスが先日のお礼だとケーキを差し入れた所、フレイは呆けた顔でクリスの顔と卓上のケーキを何往復かし、その口元を綻ばせてケーキをもそもそと食べだした。
(餌付けをしている気分だな)
うるせぇだの、離せだの、ぎゃあぎゃあとクリス相手に暴言を吐いていた男だが、やはり甘いものを食べている時だけは可愛い。
(……ん?)
クリスは三段重ねのアフタヌーンティースタンドを抱えたまま、立ち止まる。今、成人男性にはあまり相応しくない形容詞を思い浮かべた気がした。
食堂の大扉を開ける。最近フレイは団員に何人か知り合いが出来たようで、大食堂に居ることも多くなっていた。
広々とした食堂を見渡す。
時刻は昼過ぎだが、生憎今日は小雨が降っていて大きな窓から差し込む光も弱弱しく、代わりに明々とつけられた天上のシャンデリアが食堂を照らしあげている。盗賊団の本部というより、迎賓館のホールとか、ちょっと豪華なレストランの様だ。その窓側のソファー席にフレイは行儀悪く寝転んでいた。二人掛けのソファーを占領し、横になりながら周囲の男たちを雑談している様である。
(……何人かどころじゃない)
 十数人のむさくるしい男たちがフレイの周りを取り囲んでいる。どうやって手懐けたのか、肩やふくらはぎを揉むものまでいる。友人関係というより「ボスと子分」、もしくは「女王と下僕」という言葉がしっくりくる。
「ふ、フレイさん」
「んあ」
 極楽状態でうとうとしていたのか、声をかければ半眼状態でフレイが見上げてきた。
そしてクリスが手にする高々としたアフタヌーンティースタンドに、その目の色が変わる。現金なものだ。
「今日のはどこのだ? トラノ・カフェ? それとも新しくできたベリーベリーとかいうところのか?」
 期待にキラキラとする紅い瞳に気おされながらクリスは「ええと」と言いよどむ。
「フレイさんは甘いもんに目がねえなあ!」
「なあ、フレイ、俺が昨日差し入れたやつ食べてくれたか?」
「俺も今日取っておきの奴持ってきたんだぜ。フレイさんベリー系すきだろ?」
 するとその様子に周囲の男衆がわいわいがやがやと彼に声を掛けだす。
 どういう事だ。
 クリスはその光景に唖然とした。
「まじかよー。ちょ、つまんでいい?」
「もちろんさ!」
 男たちの申し出に、フレイはまだ緩慢な動きしか出来ない体をもそもそと起し(とはいえ幾つもの手がその動作を助けるために伸ばされていたが)、テーブルや目の前に差し出された色とりどりのスイーツに舌なめずりをする。今唐突に花束を差し出し、綺麗に無視された男は、先日の騒動時にフレイに蹴り飛ばされていた男だろうか。
「ちょっと、ちょっとフレイさんこっちに」
「ええ? 俺今忙しいんだけど」
 スイーツを漁る事に忙しい彼の腕を取って、ふらつく体を支えながら離れた席に腰を下ろす。男たちもさすがにクリスの邪魔はできず、やや残念そうな空気をかもしながら遠巻きに眺めている。
「なんですか、あれ」
「ん?何が」
「いや、あの群れですよ。何をどうやったらあんな事態になるんですか。女王と下僕みたいになってるじゃないですか」
「はあ!? 誰が女王だ、ふざけんな! むぐ」
 一緒に持ってきたティースタンドからスコーンをつかみ、フレイの口元に差し出す。
 チョコレートが沢山かかったそのスコーンをしばし見つめた後、フレイはその口にそれを頬張った。静かになった。
「何やったらああなったんです? あなた、人避けてるんじゃないんですか」
「んん、グスタフに聞いた、のかよ」
 片手でクリスが渡した紅茶を口に運び、もう一方の指先についたチョコレートを舐めとりながらフレイが問いかけてくる。
「ええまあ」
 何故避けているのかは知らないが、彼があまり人との関わりを好まないという話は、グスタフからも聞いている。珍しい髪の色に何か訳があるのかもしれない。
「まあどこかに長期滞在する場合は、あんまり関わらない様にしてるけどな。俺だって交流位はするさ。今回のは、あいつらの一人が見舞いって言って甘味持ってきてくれて」
「はあ……」
「グスタフの野郎に甘味止められてたから超うれしくて、美味い美味いって貰った甘味をその場で食ってたら、色々くれる様になったんだよ」
「はあ…………」
 心なし嬉しそうにいう青年の様子に、何故だかもやもやとした気分になる。
「なあ、ルディさん、容態どうだ?」
「え、ああ」
 二つ目のスコーンにラズベリージャムを塗りたくりながらフレイが聞いてくる。
ルディの状態は小康状態と言っていい。起き上がることは出来ないが、ゆっくりとした会話は可能で、食事も粥状にしたものであれば少しずつ食べられる様になった。
「まだ起き上がる事はできませんが、安定していますよ」
「そっか。――でも、昔は活発な人だったんだろ?」
「そうですね、男勝りと言ってもいい感じで」
 笑って答えると、フレイは「そうか」と言って珍しく穏やかな微笑みを浮かべた。
「じゃあもっと元気にならないとな!」
「ええ……」
 にっと笑ってフレイが立ち上がる。
慌てて支えようとすれば、彼は「もう平気だっつの」と言って、幾分ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。
まだスコーンもシュークリームも沢山残っている。
彼の為に用意したのだから、後で部屋に持っていこう。そうクリスはまだ温かい紅茶を口に含んだ。

コンコンと遠慮がちなノックが聞こえ、ルディは目を覚ました。
天井をオレンジに照らすランプの光に、夜であることに気付く。
「どうぞ、入っていいわよ」
二年も喋っていなかったせいか、まだ少し掠れる声でそう答えれば、キイと小さな音を立て部屋のドアが開いた。
静かに部屋にはいり、ドアを閉めたその人物は、ルディのベッドサイドに置かれた椅子を引き寄せ腰掛ける。
首を傾け、来訪者の姿を見遣る。
丹精な顔と紅い髪がランプの明かりの中に見え、クリスと共に自分の様子を見に来てくれていた青年だとルディは気づいた。
「……夜分にごめんな。起しちまったよな」
「ううん、大丈夫。十分過ぎるほど寝てたんだから」
申し訳なさそうな声に、笑って答えると、相手もホッとした様に小さくはにかむ。
どうしたのかと視線で問いかければ、一瞬逡巡するように瞼を伏せると、ルディの目を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
「俺は君に謝らなければならなくて」
「どうして?」
「君がそうなったのは、俺が巻き込んだせいだから」
「……貴方が、私を助けてくれたんでしょう? むしろ私がお礼を言わなければ」
クリスがルディの様子を見に来た際に話していた。
良くない術の犠牲になっていた自分を、救ってくれたのはこの青年だと。彼が命の恩人なのだと。
ルディの問いかけに、青年は小さく苦笑して首を振る。
「原因を作ったのは俺だ。当然なんだよ」
 それに、と青年は続ける。
「術は解けたけど、まだ完全じゃないんだ」
 首を傾げるルディを安心させるように、青年は穏やかな笑みを浮かべる。
「君が元気になる手助けをさせてほしい」
 そういって、青年は微笑んだ。

「何をしていたんですか」
 そう声を掛ければ、ルディの部屋から出てきたその男はちらりとこちらに目をやり、「別に、見舞ってただけだよ」と答えた。
 おとなしく療養に勤めていた筈のフレイの様子が、何かおかしい事にクリスが気付いたのは、襲撃から一週間後の事だ。
 切欠は小さな事。
ルディとの会話にフレイの話題が出ることが多くなった。
聞けば時々お見舞いに来てくれるのと彼女は笑った。
「お菓子を持ってきてくれるの。あの人凄いね、沢山の貢物!」
 一人じゃ食べきれないからと言って、ルディにお菓子を差し入れるフレイは、そのまま少しばかり雑談をして帰るのだという。諸国を旅してまわるフレイが集めた、色々な菓子の情報を聞くのが楽しいらしい。男勝りとはいえ、ルディも普通の若い女性だ。スイーツの類には目がなく、体が動くようになったら、フレイに教えてもらった店に絶対食べに行くと意気込んでいた。
 出会った時の印象とは裏腹に、意外とフレイは社交的な面をもつ。特に、女性に対しては驚くほどフェミニストである事にも最近気づいた。どうやらぶっきらぼうな口調や態度は男性向けだったらしい。
ルディとフレイが話すところを見て、クリスはその豹変ぶりに非常に戸惑った。
 何にせよ、仲が良いのは良いことである。
 だが、周囲から伝え聞く話から、彼がかなり頻度高くルディを見舞っている事にも気付いた。
(まさか、あの二人)
 惹かれあっているのだろうか、だなんて疑念まで湧いてくる始末で、もやもやと湧き出す例え様の無い気分に頭を抱える。
 ルディがどうかは知らないが、クリス自身は彼女に対して恋愛感情を持っていない。どちらかというと、掛替えのない家族。姉のような存在だったはずだ。
それなのに、こうももやもやとした気分になるのは何故なのか。
 脳裏に浮かんだ一つの可能性は中々肯定しがたい内容で、とりあえず二人がおかしなことになっていないかを確かめようとし、風呂上りにルディの部屋の様数を見に来て今に至る。
 クリスの問いをはぐらかしたフレイは、「俺はもう寝る。お休みー」と言いながら、寝床にしている客室へと踵を返す。その足元は未だ覚束ない。
「クリス」
 通路の奥へと消えたその姿を見送っていると、ふいにルディが部屋の中から声を掛けてきた。
「どうした?」
「ちょっと」
 呼び寄せる声色にドアを開け、顔をのぞかせると、ルディが険しい顔をしこちらを見ていた。ここ最近随分顔色が良くなり、依然のような笑顔が覗くようになっている。
「口止めされてたんだけど、ちょっと心配で……。フレイ君、毎日私に回復スペルを唱えてくれるんだけど、なんだかどんどん具合が悪くなっている気がして」
「ルディの?」
「違うわよ! フレイ君! さっきも酷い顔色してた。ねえ、ちょっと彼の様子見てきてよ」
「……」
 ルディの言葉にふと、違和感を感じる。
 彼が神聖魔法を使っていたところを見たことがない。先日の闘いで負った傷も、魔法で癒すことなく大人しく包帯を巻いていた。
「わかった、見てくる」
 そうルディに告げ、部屋を出る。嫌な予感がする。
 足早にフレイの客室へ足を進めれば、僅かに開いたドアから彼の紅い髪と、床に落ちた腕が覗いているのが見えた。
 慌てて駆け寄り、意識の無い体を抱き起す。
呼びかけながら頬を軽く叩けば、小さく呻き声を上げるが彼は目は覚まさなかった。
 似た状況はつい最近あった。封呪石を復活させた時だ。
(マナの使い過ぎか)
 大気中のマナや、輝封石では足りず、自分の命を削る程のマナをまた使ったのだろうか。
 力の抜けた体を抱き上げフレイの部屋に入る。
 いい年なのに自分の体調管理も出来ないとはと、苛立ちがつのる。
 客室は割ときれいに使われている様で、備え付けの机の上には貢がれた菓子類の山が、ベッドの上にはフレイが輝封石を入れるのに使っている皮袋と、生成中らしい石がバラバラと散らばっている。
 両手がふさがっている為、行儀が悪いが足でベッドの上に散らばった石を床に落とし、開いた場所にクリスはフレイを寝かせた。
 上向いた頬や首筋の白さが気になり手を触れる。
やはりその肌は驚く程冷え、唇もやや紫がかっていた。
(夏だというのに……)
「医者を……」
 これはまずいとクリスが立ち上がると同時に、くい、と僅かな抵抗を感じる。振り返れば、クリスのシャツの裾をフレイの手が掴んでいた。
「……医者は、呼ぶなよ」
「しかし」
「ねてりゃ治る。貧血みたいなもんだ」
 その言葉にはっとし、クリスは眉を寄せる。
「あなた、ルディに自分のマナを」
「……」
「まさか毎日やってたんですか? 回復スペルだといって」
 額に手の甲を宛て、ぼんやりと天井を見つめていたフレイの視線がクリスに向けられる。
「……随分自分のマナ量に自信があるみたいですが、こう連日無茶な事をやっていたら、本当に死にますよ」
「死なねぇよ」
 クリスの言葉にフレイは小さく笑う。
「俺は死なない」
 そう小さく発せられた声には自嘲めいた響きが混じる。
「……魂縛法、でしたっけ? そういう類の術、使えるんですか?」
 調査資料に記載されていた内容を思い出せば、クリスの言葉にフレイが僅かにその瞳を見開いた。そして不機嫌そうに眉根を寄せる。
「申し訳ないけどあなたの事を色々と調べました。そしたらね、おかしいんですよ。目撃情報が古すぎる。確かなもので一番古いのなんて、数百年も昔の革命戦争期だ」
「……」
(だんまりで通すつもりか)
 無言で顔を背けるフレイの様子にため息を付き、ベッドに投げ出されたフレイの手を取れば、驚いたのか彼の体が小さく震える。
手袋に覆われていない細く骨ばった指先は、顔色と同じく血の気が引いていて冷たい。
「おい……」
 小刻みに震えていたその手を両の手で摩れば、居心地悪そうにフレイが握られた手を引こうとした。手のひらを包む力を強め、押しとどめる。
「誰から聞いた。あの情報屋か」
「禁呪の事も、あなたの事もそうですよ。――顔色本当悪いですよ。首元緩めたらどうです」
「え、あ、ちょっと!」
 横になるフレイの、一番上までぴっちり止められた詰襟が窮屈そうで、片手を伸ばして胸元までボタンを外す。カチンとフレイが固まる。そんなに驚く事だっただろうか。
「ルディがもし、死んでしまっていたら、禁呪に手を出していたかもしれません。実際、色々なそういった情報も集めていた。ただ、人一人の命分のマナが一体どれほどになるのか……」
「……手だすなよ。絶対……後悔しかしない」
 首元が緩み、幾分呼吸が楽になったのか、小さくフレイが息を吐く。
「マナを失いすぎても、自力回復が出来る程度に補充してやれば問題ない。直接マナを分けるのは、ちょっと強引だったかもしれないが、とりあえずルディは安定してきた」
「しかし……」
 クリスが言わんとしたことをくみ取って、フレイが笑う。
「俺だってさすがに限度は弁えているさ。ちょっと休んだら回復する」
「――あなたの言っている事も、やっている事も本当に信用できないですね。無茶ばかりするから、こっちは心配ばかり募る」
 適当な受け答えしかしないフレイの対応に、どんどんと歯がゆい思いが募る。
「あなたはもっと周りに甘えた方がいい」
「…………」
 握った指先を強めに握りなおせば、フレイが不思議そうな表情を浮かべ、クリスを見上げてきた。
「……お前」
 ふわりと口元を緩め、くすぐったそうに笑う。
「お前、お母さんみたいだな」
 紅い瞳がゆるりと溶け、寝返りを打つようにクリスの方で向き直ったフレイが、そのままクリスの手に顔を寄せた。
「!!!!」
 摺り寄せられた頬の感触に、今度はクリスが固まる。
「あったけ……」
 そう呟いたフレイは、面白いくらい固くなったクリスをそのままに、急速に襲ってきた睡魔に身を任せた。
 
 翌朝、フレイはクリスに何も告げず、その姿を消した。

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